ニオイ
夜風が生温い。
深夜の住宅街は静まりかえって、行き交う車すら疎らだ。立ち並ぶマンションの明かりもほとんどが落ちていて、街灯が心細く道路を照らす。
こんな時だから、少しくらい。
足を止めると、酒井くんの肩に後ろ頭がすっぽり収まって、そのまま重みを預けた。
ただ止まっただけだから、多分きっと、不可抗力。
「わっ、どうかした?」
「……べつに」
当たり前みたいに身体を支えられて、温かくて気持ちいい。首を傾けて頭をすり寄らせる。気持ちいい。
「あああああ真尋さんの可愛さが動物動画のバズ級!なにちょっと気まぐれ可愛いがすぎる!!!」
「うるさい。夜中です」
「あ、それはまじでサーセン」
気付けば片腕で抱えるようにぎゅうっと捕まえられてるけど、まぁきっと不可抗力。だからただ為されるままにされていてもいい。
小声になりつつもひっついたままの酒井くんを堪能していたら、ふっと身体を離された。
「ああ、ダメだ!ゴメン、汗かいて結構じめってた!」
振り返って、慌てて離れていった身体を目にすると、ちょっとだけ不服な気分になって、追いかけて酒井くんの首筋を嗅いでみた。
「……………?!!!」
「うーん、酒井くんのニオイ?」
「いや、絶対汗臭いっしょ?か、……嗅がれた?!…辱め???」
「酒井くんもいっつも俺の匂い嗅いでる」
「だって真尋さんはいつでも綺麗で可愛くて可愛い良いニオイするから!」
「いや、するわけないし」
何をどうしたら、残業後のアラサー会社員からいい匂いがするもんか。
だけど、酒井くんを嗅いでみると。それはそれで悪くない気持ちがちょっとわかる。
これは、大好きなニオイ。安心する、幸せなニオイだ。
「いやでも、汗でじめってるの嗅がれるとか……」
「今更じゃない。なんならいつも浴びてるし?汗もそれ以外のアレ……」
「あーあーあー!またそんなことサラリと言っちゃう?!不意打ちすぎるしえちえちも過ぎる!!!」
「…………そう?」
「そうです!!!」
温かい胸元にどくどくと鼓動が響いてて、熱気と酒井くんのニオイに包まれたこの場所はとっても心地いいのに。
胸元に顔を埋め、すぅっと深く息を吸い込んで吐き出す。
「でもやっぱ、好きだなぁ」
消え入りそうな呟きがしっかりと酒井くんの耳に届いたと、焦った鼓動の音で知った。
「………!!!!!!天空の城も落ちるほどのデレの強み……いやもう嗅いでも良いから俺にも嗅がせて」
「だからうるさい」
「だってもおおおおおお黙ってたらハートが滅びます!!!」
「……………ほんとに?」
「永遠に生きていたい!!!!!」
好きなニオイ。いいや、ニオイなんじゃなくって、ここが好き。
「永遠には無理だと思うけど」
ポン、と胸元を叩いて身を離す。ここにこうして止まってなくても、いつだってここに辿り着けるから。
「………離れなければいいだけだし」
残りの道のりへ足を踏み出す。
蒸し暑い夜の風も、見慣れた小道も。キラキラ輝いていて、積み重なる特別な日の一つになった。
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