好みのすがた

 なぜこんな事になったのか。この衝撃の前にすっかりと忘れてしまったけど。


「ん、気持ちいい…」


 俺はなぜか今、真尋さんにお腹をもふられてます。



「………辱しめ?」

 ゆるゆるの腹肉に頬擦りされる気持ちたるや。

 気恥ずかしさとやるせなさとくすぐったさとああもう可愛いな!

 すべすべさらっさらの頬っぺたが、自分のお腹に沈んでいく光景……これなんだ?

「なんで?」

 腹の上に顎を乗っけて、真尋さんが見上げてくる。

「恥ずかしいんだ?」

 声帯の振動が皮膚を震わせて、ふふっと笑った吐息がお腹の上を撫でていく。えっちな感触でぞくぞくします。


 ………じゃなくて。


「恥ずかしいというかやるせないというか現実を突きつけられるというか」

「可愛いし気持ちいいのに」

 真尋さんはまたぽふりと腹肉に顔を埋めて感嘆じみた細い息を吐く。くすぐった気持ちいい。………本当にぽちゃ腹が好きなんだと思う。


「上の妹がさ、美意識高い系で。いつも、お兄はこんなんだからモテないって小言言われてて」

「若いなぁ」

「身長あるんだし、痩せて、鍛えて、おしゃれしろって口うるさいんだよ」

 バツの悪さにははっ、と空笑いが零れた。


 モテないよりはモテたいし。周りに頑張ってるやつなんかたくさんいる。妹は言うだけあって、かなり見た目はいいと思う。その分、努力してるから。

 頑張らないとダメなのかなー、なんて思ってる自分のいいかげんさがダメな気がする。明確な意見ももたず、のらりくらり。

 こんな俺だから、きっと頑張っても長続きしないし。頑張って見た目がよくなってモテたとしても、その後頑張れなくて元に戻るんじゃ、きっと幻滅されるだろうし。

 頑張れない自分は情けないって自覚がある。そこがバツの悪さを感じるところなのかも。


「ああ、妹さんはそこに気を使ってるんだね。自分が頑張ってるところってつい見ちゃうから」

 痛みと疼きの間みたいな熱い刺激にびくりと身体が跳ねた。俺の腹を甘噛みしてご満悦そうにくすくす笑う真尋さんは、片方の頬をくっ付けたまま視線だけで俺を見つめる。


「人の好みはそれぞれだし」

「でもさあ、カッコ良くなりたいって思わなくないよ。目先のことに頑張れないだらしないの、カッコ悪いなぁって」

「誰かの指標に従っても仕方ないだろ」

 柔らかい唇が腹肉を食む。わざとらしくちゅっちゅっと音を立ててキスが落とされる。

「柔らかくて落ち着く。しっくり。ベスト」

 何だか慰められてるみたいで、褒められるのも落ち着かない。だなんて、ちょっと卑屈なのかな。


「100人に10人くらいいるお腹だと思うけど」

「俺が腹の好みで選ぶみたいに。人聞き悪くない?10人いたとしても酒井くんはベストだし」

「どんな基準なの?」

「うーん。その善良そうな顔とか。ちょっと小さい垂れ目なのも可愛い。眉毛も、いい太さ加減で濃すぎず薄すぎずで少し垂れてるし。鼻が気持ち丸めで薄いのも好み。頬っぺたも、ぎゅって詰まってるよりふかふかなの、いいなぁ。あと、考えてるの全部出てる表情も。骨格も大きくて、それにふんわり肉付き良いのも。服装も、無理に着た感じじゃなくって、ラフで自然なビッグシルエットなの、すごく好み」

「まじで?結構細かいね、好み……」


 思いのほか事細かに語られた真尋さんの好みに驚いた。

 それは、全くおおげさに言ってるんじゃなくって、嘘偽りなく好みってこと?

 純粋に嬉しいけど。嬉しい分だけ欲張る気持ちが止められない。


「じゃあさ、同じくらいのベストが10人いたらどうするの?」

 少しだけいじけた気持ちで素直じゃない言葉を零す。

 自分でいいと思えない見た目を褒められたって、素直に喜べないのはきっと自信なんてないからで。真尋さんがいつも綺麗で可愛い見た目をしてるのは、それだけものすごく努力してるからだって知ってるからで。

 いい加減で、頑張って生きてない自分の未熟さが、じくじくと自分を責め立ててる。


 真尋さんは顔を上げて、叱咤しったするようにぐりぐりと顎をお腹に突き立てた。

「酒井くんの中身が一番好きなんだから、関係ないし」


 時が止まる。見開いた目で絡めてた視線が、後で気づいたように恥じらってから逃れた。

 ぽふりと俯せたお腹の皮膚で感じる吐息が熱い。


 今の、うっかり?うっかりで、好きって?なにそれ可愛い一周回って絶対生きる。


「真尋さん、好き!」

「………」

「もう、一生大好き!全部好き!」

「………」

「可愛すぎて息するのも日本語も忘れちゃったよ!」

「もーうるさい」

「はいもう世界一調子にのりましたー」

「………一生、のってればいいじゃん」

 顔を隠したままの真尋さんは、素直じゃない声でぼそぼそと呟きながら、ぎゅうっと抱きしめてきた。隠しきれない耳が赤くって、どこにも嘘がないと心から信じさせられる。


 なんかもう、何にでもなれるし、細かいことなんてどうでもいい。

 見た目の好みなんて些細なことだし、どれだけ美人や可愛い子がいたって真尋さんには敵わない。敵う訳ない。

 それと同じってことだよね?

 大雑把でも、だらしなくても、頑張れないのが情けないって笑うしかなくても。真尋さんの一番好きになれるなら、これ以上のことはない。たくさんの人のカッコいいになるよりも、断然それがいい。


「あとね?敬也さんは格好いいですよ?」

 唇を尖らせて照れ隠しの不服顔をした真尋さんが、口早に言ってから、またお腹の皮膚をかじった。

「この柔らかくてもちもちで、うっすらした産毛もいいなぁ」

 赤い頬をぎゅうぎゅうと押し付けて、何くわないフリで、照れたままに言葉を紡ぐ。

 この景観を、どうしたらいいだろう。

 ああもう、愛しいしかないし。


「わざとだよね、それ。可愛いすぎて俺今すぐ吉沢亮になれそう」

「整いすぎてるのはあんまりなぁ。俺がガチガチに神経質だから、美形って気が休まらないし」

「ゆるキャラがライバル?!」

「何を競うの」

「癒し度数?」

「だから、競う必要ないくらいのベストだし」


 すりすり腹に押し付けられる頬に、もうとっくに限界なんて超えてしまってる訳で。

「コッチは柔らかくないね」

「それは千パーセント不可抗力だと思わない?」

 悪戯を思いついたようににんまりと笑いながら、膨らんだパンツの先を顎で撫でてくる真尋さんの小悪魔さ。

 この人が本気になれば、100人中10人の好みのタイプなんて簡単に陥落させられるんだよなぁ。女装してる時の真尋さんの、百戦錬磨なモテっぷりを知ってる。真尋さんの好みがあんまりモテるタイプじゃない事を加味したら、きっとそれはそれはモテモテで。


「……ああ、嫉妬!」

「はぁ?何?」

「真尋さんの無敵のえちえちさに、たぶらかされた人が多すぎて嫉妬!こんな、可愛い真尋さんを人目にさらすなんて神をも恐れぬ悪行!!!」

「……馬鹿」

 きょとん、と目を瞬かせて、真尋さんが噴き出した。

「言っただろ。寝たのは敬也だけって」

「そういえば!えっ、俺に神罰?」

「神様だって知らないんだから、問題ないんじゃない?」

「ここが天国!」

「馬鹿。これから、でしょ?」

 くすりと零された笑いは余りにも色っぽい。

 人生も、色事も、全くもって年季と経験の差があるこの人に、敵う気なんて全くしていないけど。そんな張り合いなんてしなくてもいいのかもしれない。


「全部、俺だけの真尋さん?」

「さあ」

「俺は全部真尋さんだけのだよ」

「………じゃなかったら、嫌だ」

「うん。嬉しい。大好き」

 これだけありのままで好きでいられることも、好きでいてくれることも、奇跡でしょ?


 好みの姿も、好みの中身も、もう全部真尋さんの形をしてる。

 真尋さんもそうだったら、って自惚れててもいいのかな?

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