ついてない②
ついてない。
コツコツと書き溜めて、終わる直前だったレポートのデータが消えてるし。
テキストを貸していた友達が大学を休んで、そんな時に限って講義中に指名なんぞされたし。
自販機で温かい飲み物買ったら、キンッキンに冷えてたし。
上の妹(18)と次の妹(16)がここのところ忙しく、残された弟(14)、妹(11)、末の弟(10)の子守りを一人でしなければならないし。
いやまぁ、それは昔からしてきたし、昔より成長したからずっと手はかからなくなったけど。いいんだけど。
時間がないってことは、真尋さんに会えてないってこと。それが大ダメージ。
ついてないよなー。しかたないけど。
って、思った時にスマホが鳴った。
下の弟妹たちが寝静まった夜更け。起こすとうるさいからベランダに出て扉を閉める。
階下にはありふれた集合住宅の、同じような区画が並んでいる。くすんだ白壁。見慣れた景色。まごうことなき日常。
それなのに、たった一つの非日常に心が浮き立った。
「お電話ありがとうございます」
「……営業?」
「いや、嬉しくてテンションが滝上った」
「………」
電話を貰うのは、何回目だろう。自分からかける事は多々あったけど、かけて貰った事はほとんどなかった。
真尋さんは、電話やメッセージは積極的に使わない。電話は用事がなければかけないし、メッセージの文面は単純明快効率的。多分、気軽に繋がることに慣れていないんだと思う。
「忙しかったんだ?」
「うん。会いに行けなくて残念。ごめんね」
「忙しい時くらいあるだろ」
「でも、会いたかったな」
ついつい、駄々をこねてしまう。そんなことしても仕方ないのはわかってるけど。
くすくすと笑いの音が耳を擽った。
「……まぁ。でも、無理はさせたくないし」
素直に肯定が返ってくるとは思わなかったから、思わずぶわっと感動が花咲いた。
六人兄弟のTOPに位置してて。父は万年単身赴任。母はバリキャリで家事音痴。物心ついた時には弟妹たちの子育てしてたし、こんな風に当たり前に甘やかそうとしてくれた人はいない。
それに不平不満を覚えることがなかったくらい、友達には恵まれていた。弟妹達がもっと幼かった中学・高校時代辺りには、友達と出かける暇はなかったけど、皆が家に来てくれてた。心細いと感じた事もなかった。
でもこんな風に、特別に大事にされてると思ったことはない。こんなにも特別な好意を向けられたこともない。
「会いたいと思ってくれたんだ?」
「………」
「調子に乗っちゃうよ?」
「別に。……嘘じゃないし」
「今、世界で一番幸せな気がする!」
「安いな」
「真尋さんじゃないとダメだから、最高級です」
「……馬鹿」
ついてない、だなんて誰が思ったんだろう?
宝くじで大当たりする確率より小さい、これほどの幸運を掴んでるのに。
ラックの神様の寵児なんじゃない?
それとも日頃の行い?サーセンもっと清く正しく生きよう。
「あーあー、会いたい。真尋さんに会いたいしぎゅっとしたいし匂い嗅ぎたい」
「匂いはちょっと」
「じゃ、味?」
「変態度が増したぞ」
「正直な感想です」
だって、こんな俺だって、全部好きでいてくれるでしょ?
こんなに幸せな人間は、世界中に他にいないよ。
幸福を噛み締めてると、ぼそりとためらいがちな声が呟いた。
「それじゃ、会いに行く」
「え?」
「正確な場所わからないけど。実家だろうし。駅前のホテルでもいい?」
「味!」
「馬鹿……」
笑い交じりの照れ隠しが耳を擽る。
電話の真尋さんは、目の前にいるよりもちょっとだけ素直だと知った。
………どっちも、可愛い。
見慣れた代り映えない景色の中で、とびきりの星月夜がキラキラと輝いている。
ついてない、どころか。
今日は、最強のハッピーデイの更新記念日。
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