すやすや(sideロゼール)

 旦那様は寝つきが良い。

 というのも、太陽が昇る頃には起きだして働きだすからだ。

 夜明けの頃から狩りに出かけ、食事を作るための薪を補充する。まるで下働きのような作業を日課とされているのだという。

 アベット邸宅は交通の悪い山の頂にあり、あまり使用人が多くない。アベット領自体にも人口は多くなく、新しい使用人はなかなか登用されない。

 若くて力のある男手は、この地の特性上軍に勤める者が多い。

 人員不足。使用人の高齢化。だから、昔から旦那様が担ってきた役割であると。

 当たり前のように未明から働くのだ。

 眠りにつくのは日をまたぐ頃。

 その間は、ぐっすりと眠ってあまり目を覚まされることはない。


 数えてみた。15秒。

 背中をつけて、眠るまで15秒。

 なんて寝つきだろう。睡眠時間を無駄にしない素晴らしい特性だ。

 この寝つきを超える者は、何度も起死回生し世界を救っているような伝説の英雄しか知らない。耳のない青き狸を従えた。


 そろり、そろり。

 眠る旦那様の横へと、膝をついて近づく。

 普段は輝いている瞳が瞼の内に隠されているからどこか幼げで、画にかいたような儚げな目鼻立ちは透き通るように綺麗。

 でも、表情は寝ていても旦那様だ。

 繊細というよりは、大胆。綿密なのに大雑把。誰よりも行動力があって強靭タフ。なのに、目立たない。

 誰よりも、誰よりも、魅力的。


 そっと、そっと。

 体を横たえて、投げ出された手に触れる。

 肉刺ばった掌に、掌を合わせてみる。温かくて大きい。表面は少しがさついていて、皺の凹凸を感じられた。

 ぎゅっと握ると、大きさの差がもっと顕著になる。

 労働を知らない磨き上げられた小さな貴婦人の手ではない私の手すら、すっぽりと収まってしまう。


 くすぐったい。

 私が、そんな可愛らしいものになってしまったかのような。

 守るために育てられてきた。守られるためにではなく。

 仕えるために生きてきた。従えるためにではなく。

 だから。こうも大切にされているのが、温かくてくすぐったい。


 すやすや。

 眠る隣で、それ以上に安らかに。

 この幸福に満ちあふれる夜を、ひそやかに享受する。

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