ありきたりなものがたり

ありきたりなものがたり

 巷で流行っている恋愛小説のように、公衆の面前で当てつけるように「婚約破棄だ!」と指をさすでもさされる訳でもなく。

 彼と令嬢とのかねてからの婚約は白紙となり、最初からそうであったかのように、その兄と令嬢の結婚のお披露目が広い屋敷で豪華絢爛に執り行われていた。


 令嬢が婚約者の兄と恋仲になり、鞍替えしたという事実を知る者は少なくない。そんなスキャンダルが話のタネに喜ばれる世の中だ。

 だけど、その過程を知っている者は多くはないと思う。


 私は、彼の家と付き合いが深い家の娘で、幼い頃から定期的に彼の家を訪れていた。

 歳が近いこともあり、幼い頃は何度も顔を合わせた遊び相手の中の一人で、彼に婚約者ができてからは分別のもと挨拶程度の仲だった。

 恋愛感情を持つには縁が遠い。だが、情がないこともない幼馴染。

 そんな彼が、灯りもほとんどない夜の庭園で、噴水の縁に腰掛けて俯いているのを見ると、忍びない思いくらいにはなる。


 彼はとても、優しくて実直で。

 尽くしてきた婚約者の、身近で支え続けている兄の、双方の裏切りに文句ひとつ言わず身を引いた。例え自分が笑われ者になろうとも。


 暗がりに闇に紛れた緑が揺れる。煌びやかな明かりの零れる建物から、うっすらと優雅な音楽が微かに耳に届いた。

 この醜聞を耳にしたとき、彼に一目会って慰めくらい言おうと思った。

 だけど、それでも人前では胸の内を晒さずに毅然と微笑んでいる姿に。そして、闇の中で一人、他人事にされて打ち捨てられたその悲愴な姿に。慰める言葉なんて思いつかなかった。


 その瞬間に、私は決めた。


 彼の前へと歩み寄る。

 顔を上げ、挨拶を交わそうと取り繕うぎこちない笑顔の彼を抱きしめた。

「私はあなたがずっと好きだったの。どうか、私と結婚してください」

 今はまだ出任せた嘘。だけどきっと、これから先に本当になっていく確信があった。

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