いつか君と、桜の下で(夢の世界とお花見)『夢の世界と理想と現実』
満開の桜の花に囲まれた小道。薄ピンクの絨毯に、花吹雪。
家からそう遠くないその並木道は、見頃の花にはしゃぐ人達で溢れていた。
中学、高校と通った通学路の一部。この短いこの道路は桜の名所で、春になると近隣の人で賑わう。
密に寄りそう幾つもの花弁。重たげなその花にしなりつつも、力強く風になびく枝。日当たりの良い一部には、若々しく新緑が茂る。
ひらりひらりと顔に降りてくるハートの花びらを指で摘まむ。あの頃と同じ幻想的な光景に遠い昔を思い出して、咲良は幸せそうに頬を緩めた。
「綺麗だね」
初めて桜を見た異世界の王子様は、幼さの残る顔で、出会った時のリスザルもどきのように目を丸くして見つめていた。
丸みの残る肌にうっすらとともった高揚が、降る花びらとシンクロしたかのように朱を帯びて。
手を伸ばしていくつも花びらを捕まえる彼の姿に笑いが零れた。
まだ制服姿だった幼い日の咲良は、そんな彼の無邪気さに胸をいっぱいにしながらも、ほんの束の間、10分という制限時間を一緒に花を捕まえて過ごした。
掌にあつまったほんの少しの花びらを咲良の髪に飾って、満足そうに笑った彼の姿を最後にこの道で見送ってからもう数年が経つ。
彼から距離を取り続けてきた咲良にとっては、今日の桜は久しぶりのお花見デートだ。
あれから何度、桜の花を見てきただろうか。
今日再び二人で訪れるまでは、桜がこんなにも綺麗であったことを忘れていた。
後ろから伸びてきた手がすっと咲良の頭の上で花びらを捕まえて、咲良へと差し出した。
もうすっかりと大人の風格のあるラグは、あの頃と同じように無邪気に笑う。
「咲良と同じ名前の花。また見られて嬉しい」
きっと何の含みもない純粋な言葉が、嬉々と弾んでいる。
珍しくも出かけたいなんて要望があったと思えば、昔の光景を覚えていてまた一緒に見たいと思ってくれていたなんて。
ただそれだけのこと。だけど、それは咲良にとっては何よりも嬉しい事だった。
たとえこれから先、異世界に嫁いでいく自分にはお花見なんて滅多にできなくなるのだとしても。
充分なほど、今年の桜が思い出の中に美しく焼き付いた。
***
「今年は間に合わなかったけど、来年が本番だから…」
アザリアルナ王国の王城の片隅。ほんの少しだけ薄紅の花をつけた並木の元で、王太子であるラーグオズワルト・アニュアナ・アルフェロスハ・テローバ………略。つまりは自称ラグは、この世界にはなかった異世界の樹木を真剣に見つめていた。
アザリアルナでは、結果的にだが名前は長い方が偉い。『名』が二つ折り重なったラーグオズワルトの名前はそれだけで偉そうであるし、その後に連なる格式云々、血統云々の名前なんてうんざりする以外の何ものでもない。
彼は、自分の長い名前が好きではなかった。なので、非公式な場では自称『ラグ』で済ましているのだ。
初めて見た時から、咲良と同じ名の花には興味が尽きなかった。彼女のように可憐で温かく優しい色をしていて、とても綺麗だし良く似合うと思った。
だから、この世界に桜を持ち込もうという試みは、実は随分と昔からラグの中にあった計画だ。
この世界には魔法がある。植物の育成に関しては、魔法の力を借りることだってできた。
ただし、魔法の力は万能ではない。無いものを作り出せる訳ではないので、まずは桜の苗木の調達が必須。育成を上手くいかせるためには桜を詳しく知る事も必要だった。
目の前で立派に育ったこの桜の木々には、それなりの時間と労力を要していた。
ラグは咲良に渡した憑代以外の場所には現れることができない。憑代は、ラグ本人の魔力だけで異世界に転移する際の目印だからだ。
元々、個人の魔法で界を跨ぐのはあり得ないくらいの大事だった。そのため、一度に滞在できる時間は10分に限られたのだが。この天才と何とやらの間の王太子は、その滞在時間も徐々に増やしていった。
憑代の元にしか転移できないといっても、実は、そこから歩いて移動する事は可能だ。
ラグは咲良に見向かれない間、ありとあらゆる努力を重ねていた。
自分の住まう城に桜並木を再現する事も。
その為に(咲良のパソコンで)インターネットを操り、売買で日本円を入手し。近場のコンビニ着で通販も行った。
実は、異世界とスマホだけ繋げる構想なんていうのも、この時点で頭の中にあった。ただ、咲良につれなくされてその意欲が壊滅的に衰えていただけだ。それが、咲良が構ってくれるようになったのだから、この案は速攻で実装に至った。
行動力は抜群にあるのだ。それに見合う実力も。ただ、どこかがちょっとズレているだけで。
植物の育成魔法についての古文書を片手に、スマホで桜の育成方法を検索している彼の頭上へと。まだ申し訳程度の花びらがひらりと舞い降りて。
来年この庭で花見ができる事を夢に見ながら、今日もラグは一人彼女のために我が道をひた走っている。
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