遠くの日常(after 18 years)

 緑の萌える庭先でおいかけっこをする子供たちを傍目に、色鮮やかに咲いた花を選ぶ。計算されつくしたようなこの庭園の片隅に咲く白や薄紅の多弁の花びらが綻んだような花は、高い位地の陽光を浴びてキラキラと輝く。光を纏って控えめながらも美しく輝く花はまるで彼女の髪や瞳のようで、きっと彼女に良く似合うだろう。

 久々に我が家でゆっくりと一息つける休日の午後に、ちっとも大人しくしていないチビどもを半ば放置しながら悠長に妻に贈る花束を見繕う俺は、まさしくただの休日の父なのかもしれない。

「わー、こらっ、花壇を踏みつぶさないの!」

「リェーちゃんこっち、お兄ちゃんたちについてっちゃダメ!」

「もう、いい加減に落ち着いて。ダニー、小っちゃい子を追い回さない!」

 周囲は多少阿鼻叫喚であるが、優秀な年長組に任せておけばいいだろう。休日の父とは、それくらい役に立たなくても許されるものである。


 庭師に花束の準備を指示していると、この慌ただしさを溜息一つで受け流したスカした色男が隣に並んだ。まだ顔一つ分くらい見下ろす背丈の少年は、美しい白金の髪と馴染み深い金の瞳をしている。

「悠長ですね、父上。この賑やかな庭で花束を見繕えるなんて。」

 やれやれとジト目で見てくる長男は、生意気なお年頃なのだ。

「子供が元気なのも、夫婦が睦まじいのも最高じゃないか。」

 軽口で答えながら、庭師に花束を受けとる。白に黄色にピンク。淡い色の花束はまるで少女のように可憐で、年齢的には少し幼いのかもしれない。だが、少女のような可愛い妻には良く似合うだろう。

「睦まじいのはよくわかっていますよ。7人目の弟か妹がすくすく育っていますから。」

 長男が振り返った方向からは、妻が膨らんだお腹でゆっくりと歩いてきていた。

 息子、息子、娘、息子、息子、双子の娘。まだ小さな下の娘たちは花壇で走り回っているから、今日はその間を縫ったように母の隣に滑り込んだ末の息子と手を繋いでいる。

「何だ、嫉妬か?母様は美人だからな。」

 からかうように長男を見やると、ちょっとムッとしたように小綺麗な顔の目元を強張らせた。まだまだポーカーフェイスがなっていない。

 男はだいたいマザコンっていうが、母親がこれだけ美人で魅力的なのだから、磨きがかかるのは仕方ないことだろう。

「母上を争ってどうするのですか。だいたいそれなら、子供たちに母上を取られてるのは父上でしょう?」

 冷静ぶった口調で偉そうに胸を反らして言うのが、少年染みている。可愛いものである。

 だが実際は、俺はほとんど日中は屋敷にいなくて、夜は彼女は俺のものなのだから全く問題ない。子供たちに囲まれて幸せそうな彼女をたまに見ているのは、逆に眼福なのだ。

「そうでもないぞ?兄弟の嫉妬は怖い。ある国にはこんな話があってな…」

 神妙な顔をつくって諭すと、長男の顔が真面目に引き締まる。素直で真面目なところが妻に良く似ている。

「赤ちゃんが産まれて、嫉妬に狂った兄が母親の胸に毒を縫ったんだ。だが、次の日死んでいたのは父親だった…」

 笑いを噛み殺して真面目な顔で語ると、長男の顔がみるみると赤くなった。可愛いじゃないか。こんなところも妻に良く似ている。

「な、……なんて、破廉恥な話をするんですか!」

 幾らか忍び笑いを溢して、真っ赤になって抗議する長男にひらひらと手を振って妻の元へと歩み寄る。


 俺に気づいた妻が、どの花よりも鮮やかな笑顔を見せた。

 手に持った花束を渡す。何千回繰り返しても喜んで頬を緩ませる彼女は、今日も可愛い。

「君に似合うと思ったけど、君の前では霞んでしまうな。」

 彼女に勝てる花束はない。

 差し出した花を受け取って、うっすらと頬を染めた彼女から、末の息子を引ったくると肩に乗せた。きゃあきゃあとはしゃぐ高い子供の声に包まれながら、彼女へと手を差しのべる。

「……ありがとうございます。」

 俺の手を取って、幸せそうに笑う彼女の可愛さに勝てるものなんて何もないのだ。

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