Othrs(多作一時預け)

苦労性の魔法使い

「今までご苦労だったなラーティ。ま、元気でやれよ。」

 飲み会を解散でもするかのような気楽さで、あの脳筋野郎はパーティーを解散した。

 凶悪な魔物の親玉を退治して山あいの王国の国王に気に入られ、そこの姫さんに一目惚れしたから騎士として居着くそうだ。

 13歳であいつの仲間になってからはや12年。脳筋すぎるあいつの側に居続けられたのは俺しかいなかったというのに。阿保か!脳筋か!呆れるしかできんわ!


 あんな脳筋野郎でも、一応勇者の素養は宿っていた。勇者のパーティーは恩恵を受けられるため冒険者に大人気だ。例えば、参加しているだけで普通の冒険者より能力値があがりやすい。勇者でなくては使えない転移門が使える。ネームバリューで厚待遇を受ける。一番のメリットは、条件を満たしたら死んでも生き返れるっていうことだろう。勇者の素養は悪人には宿らないとも言われるから安心感もある。確かにあいつも、悪人ではない。脳筋なだけだ。

 冒険者の憧れである勇者パーティーのはずなのに、あの脳筋の元には人が居着かなかった。仲間に入って早くて一日。長くても一年はもたずに皆止めていく。その理由を俺は身をもって知っている。


 俺があの脳筋に出会ったのは魔法使いとして冒険者デビューしたての頃だった。簡単な初期魔法しか使えず、できる仕事も限られている。生活系のクエストや採取をしつつ、たまに格上冒険者に無償で同行させて貰って能力をみがく。日銭を稼いで生活していたそんな頃。転移魔法が使える魔法使いなら誰でもいいという脳筋勇者に紹介された。

 転移魔法を使える者は多くない。希少というほどではないが、その時その町には俺の他にいなかったらしい。紹介を受けて、俺は喜んで仲間に加わった。そこからは怒涛の人生だった。


 まず、脳筋が差し出したのはバカでかい剣である。当然のように俺には持ち上げることができなかった。仕方がないと様々な武器が宛がわれ、最終的にはナイフより少し長いくらいの小剣を手渡された。有り難く受け取ったが最後、脳筋パーティーでの最初の戦闘で、見たこともない格上の巨大な邪竜と初めてお目見えし、ビビりあがる俺に脳筋が下した命令は『なぐれ』である。

 害獣レベルの小モンスターにも物理で攻撃なんかしたことが無かった俺に、明らかな後衛の魔法使いに、『なぐれ』。

 刃渡り30センチもないナイフで、なぐれと。つまりはそのバカでかい魔物の30センチ以内に近寄れと。チビるなんてものじゃない、涙も鼻水も胃液もありとあらゆるものを垂れ流しながら俺はなぐった。あんなバカでかい魔物に平気で頭突きをかます脳筋が恐ろしかったからだ。当然全くダメージが通るわけはなかったが、脳筋は軽々と魔物を真っ二つに叩き切り、戦闘は終了した。当時脳筋パーティーにいた聖女様が溜め息をつきながら、手慣れた様子で浄化魔法で俺を身綺麗にしてくれた。要するに、このパーティーではこれが日常茶飯事であることを悟った。


 それから、脳筋が何をしたかというと。

「ラーティ、お前はまだまだだな。」

 いい笑顔で俺の肩を掴み、日々俺と二人きりのパワーレベリングだ。

 普通の冒険者なら踏み潰されて人生が終るような凶悪な魔物相手に、あの脳筋の指示はもちろんひたすら『なぐれ』。夜中は魔物が沢山出ると深夜も山や森の中を歩き、数日戦いながら歩き続けるなんて事もザラだった。狩り場に近いからと、亡霊が彷徨う廃村で宿を取ることも度々あった。

 逃げようにも転移魔法を使えるのは俺だけで、俺が逃げたらこの脳筋勇者を一人で死地に置き去りだ。決して悪い奴ではない。それなりに俺の面倒も見てくれて、俺が大して役に立っていないのにも関わらず戦闘の報酬を満額で分配もしてくれる。置いていったら満面の笑みで魔物を狩り続けるのかもしれないが、回復もできない、支援魔法も使えない、アイテムの管理もできない、逃げることを知らない、この脳筋はなぐることしかできないのだ。そもそも水や食料を調達する頭すらない。誰かが面倒をみてやらなければ生き残れない可能性は非常に高いと言えるだろう。俺にはこの脳筋勇者を見捨てる決心がつかなかった。


 三回くらい死んで生き返らされた時には、俺は悟りを開いていた。

 魔法使いだろうが、なぐればそれなりに強くなる。小さい頃から本を読んだりベテラン魔法使いに師事したりして、多くの魔法を知っていた。実力が足りなくて使えなかった魔法は、魔物との戦闘の経験で魔力が育つと共にいつの間にか使えるようになっていた。ただ、使ったことはなかったが。

 俺に任された魔法は、転移魔法と支援魔法。パワーレベリングの最中に他のパーティーメンバーに逃げられ手薄になってしまったので、管轄外だが生活魔法と回復魔法もなんとか習得した。だが、許された攻撃手段は変わらず『なぐる』だけである。

 筋力がついて、若手の剣士が使うくらいの剣も使えるようになった。魔法効率を考えると最適な杖だなんかは、俺の空間収納の中のコレクションだ。

「まだこんな敵にも勝てないのか、情けないぞラーティ!」

 基礎攻撃力が低くて筋力も育ちにくいのは魔法使いの特性なのに、あの脳筋はそこのところを理解する気はないらしく、他の仲間を集って旅に戻ってからも度々俺を連れ回した。クエストが一段落したり、新しい国や町につく度に与えられた休暇はだいたい脳筋に強制レベリングさせられて過ごした。

 時には達成目標だけ告げられて、ソロで狩りに出かけることもあった。魔法使いのソロだぞ?死にに行くようなものだ。幸いな事に俺は転移魔法が使えるからヤバくなったら逃げるけど。

 いつかこのパーティーを抜けてやるとも思ったけど、慣れて受け入れてしまえば割も良いし待遇もいい。攻撃魔法を使った事がない魔法使いに需要なんかあるもんか、というのもある。いつの間にか並の剣士より与ダメージは上回って来たが、ベテランには並ぶべくもない。こうして12年、俺は脳筋勇者の面倒を見続けてきた。

 そして、ある日突然の解散。お役御免である。


 支度金は、たっぷりとある。脳筋に内緒で気に入った静かな町に別荘も構えている。だが、俺は人生の目標を見失った。いや、見失っていたことに気づいたというか。

 魔法使いになりたいと努力し続けてきた少年時代の情熱は、もう遠い昔に置き忘れていた。でももちろん、魔物をなぐりたい訳ではない。脳筋馬鹿の世話に終始した毎日から解放されて、すっかり空の巣症候群なのかもしれない。決して世話をしたい訳ではなかったが、放って置けなかったんだから仕方ないだろ。


 しばらくお気に入りの町を転々としてバカンスを楽しんだものの、休みと言えばレベリングの生活をしてきた俺はすぐに時間をもて余した。

 途方に暮れて、とりあえず近場の冒険者ギルドに足を運ぶ。何かしてないと退屈で落ち着かない。都合のいいクエストなんか転がっていないかな、と少しばかりの期待を込めて。

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