2

「で、どうすんだ?」

「チャプターの奴らは普段どのような戦法で戦っているんだろうな?」

「うう…… 分かんない……」

 村に着くなり、三人は根本的な壁にぶつかりました。


「ちゃんと勉強しておくべきだった……」

「とりあえず、バラバラになって退治しに行くか? で、一時間後くらいにまたこの場所に集合ってことで。多分それだけありゃ全部殺せるだろ」

「そうだね。それでいこうか」

「待て」

 せっかく決まりかけたところを止めたのはカンダタでした。


「何だ?」

「いや、お前達一人で平気なのかと思ってな」

「あ? どういう意味だ?」

 エレーニの丸い目が三角に尖りました。

「……むざむざ殺されないかどうか心配してやっているんだろうが」

 一瞬押し黙り、けれどすぐに自分も目を尖らせるカンダタ。

「へえ? まだ分かってねえんだ。よっぽど自分の腹を殴りたいらしい」

 またしても険悪になりかけています。


「ダメだよもう! 喧嘩しないでお願いだから!

 カンダタさん、心配してくれてありがとうね。でもぼくもエレーニさんもそんな簡単にやられないと思うし、まだセンサーもそんなに増える前にみんな退治できそうだから大丈夫だって!」

 一時間も離れていれば頭も冷えるかもしれないし、という言葉は飲み込みました。

「……はあ。やむを得ん……」

 どこか渋々といった調子でしたが、カンダタも了承しました。

「ありがとう! じゃあ、ぼくはあっちの方行くよ。頑張ろうね!」

 コスタスは二人に手を振って別れました。


(うー…… 呼んでおいて失礼だけど、ちょっと相性良くないかもなあ……)

 センサーの気配を探して駆け回るコスタスの心には、ほんの少しだけ後悔が湧き上がってきていました。


 この時点では、ほんの少しだけでした。




(『どうかこの村を救ってね。みんなあなたを信じてるからね』

 ……じゃないだろおおおおお!)


 ちょうどその頃。鬼ヶ島に行くための荷造りをしつつも、桃太郎ももたろうは心の中で半泣きでした。


 物語ではまるで英雄のように描かれることが多い桃太郎ですが、実はとてつもなく臆病で小心者なのです。畳を小さい虫が歩いているのを見ただけで天井近くまで飛び上がったことがあるほどなのです。

 ならどうして鬼退治などという身の毛もよだつような役割を引き受けたのかというと、断れなかったからです。


 もともと、川を流れてきた桃から生まれるという個性的すぎる誕生譚ゆえに村の人達の耳目を嫌でも集めてしまっていました。

 「『特別な子』だから、いずれ何か特別なことをしてくれるに違いない」

 そんな過剰な期待を、生まれた直後からかけられてしまっていたのです。

 そんな期待はやがて、最近頻繁に村に現れては略奪行為を行い、人々の生活を脅かしている鬼を退治してくれるのではないか、という形を成しました。

 自身の知らぬ間に村人達の間でできてしまっていた大きすぎるそれを拒否することができず、どうしようもなくて、承諾せざるを得ず…… という成り行きだったわけです。


(やだやだやだやだやだ! なんでみんな私のこと、桁外れの精神力の持ち主みたいに考えてるの!? 鬼なんて怖いに決まってるじゃん! あんなっ、角が生えてて、山みたいに大きな体で、筋肉隆々で! まず顔が怖くて! やだーーーーー!)

 期待の目で自分を見ていながら、自分の心情は全く見ようとしてくれない村人達を思い、桃太郎は一人頭を抱えました。


 そんな様子を、桃太郎の家の庭に隠れて密かに見ている存在がいました。

 その存在は何か思案するような顔をしつつ、気付かれないようにそっと庭を出ました。

 道に出たところで、その存在はとある光景を目にしました。

「!」

 途端、閃きました。

(使える。そうだ、もしかしたら…… 探しに行ってみよう)


 その存在は、一旦桃太郎の家を後にしました。口内に広がるよだれを抑えながら。




 さて、一時間後。約束通り集合したセンテンスの三人でしたが、みんな少し変なことに気が付いていました。


「妙に多くないか? センサー共」

 たくさん走りでもしたのでしょうか。はあ、はあ、と息を切らしながら、カンダタが言いました。

「だよな? だいぶ殺したんだが、明らかにまだいろんな方角から気配がする」

 流石に戸惑ったように、エレーニも言いました。


 センサーは何の前触れもなくどこかのハッピーエンドの物語に突然、まずは一体だけ発生します。一度ひとたび発生した物語には、勝手にどんどんセンサーが湧いていきます。

 「センサーは平均的には一時間でこれくらい増える。だからこれくらいのペースで始末していけば、何時間以内には終えられるはず」という基準もあり、みんなそれを参考にしています。

 が、あくまで平均。時にはそれを大きく外れる場合もあるわけです。


「まだ頑張らないとね……」

「じゃあ一旦集合したわけだが、また別れて……」

「待て待て」

 額から滴り落ちる汗を拭いつつ、またカンダタが止めに入ります。

「やはり全員で行った方が良いのでは? 一度に大勢を一掃できる」

「はあ? 残りの奴らが親切にまとまって来てくれるわきゃねーだろ。団子みたいに3人固まって動いてどうする。効率ってもんを考えろ効率ってもんを」

「だが…… はあ、はあ」

「あ?」

「ま、まあまあ二人とも……」

「黙れ」

 エレーニはじっ、とカンダタを凝視しました。

 明らかに一時間前とは違う、真っ青な顔色。苦しそうな呼吸。

「おい、まさかお前……」

 エレーニが問いかけようとしたその時。


「危ない!」

 コスタスの後ろ、物陰から突然ひょっこりと顔を出した人型のセンサーと目が合ったカンダタは、咄嗟に右手を開きながら挙げました。


 ぺちゃっ


 腕から飛び散った冷たい汗が、コスタスのおでこにくっつきました。

 センサーは熱湯のような血液に覆われ、あっという間に形をなくして消えていきました。


「あ、ああ。ありがとうカンダタさん。今の、助けてくれ……」

「はあっ、はあっ、はあっ」

「カンダタさん?」

 コスタスがようやく異変に気付くや否や。カンダタは苦悶の表情で、受け身を取ることもなく。

 

 どさっ


 地面に倒れ込みました。

 



「どうしちゃったの、一体……」

 子どもと小動物の力でも容易に持ち上げられる軽さに驚きつつも、カンダタをとりあえず涼しい木陰に横たえて頭のそばに座ったコスタスはおろおろと尋ねました。

「……」

「なんで黙ってるの…… どうしたの……」

「……聞いたことがある」

 エレーニは眉間にシワを寄せ、ため息混じりに言いました。

「何かしらの代償を差し出さなければ、能力を発動できない奴もいるらしいな」

「え!?」

「お前…… そうなんじゃねえか」


 木の葉の隙間から垣間見える空を、荒い息を吐きながらぼうっと眺めていたカンダタでしたが、少しは楽になったのか、ようやく言葉を発しました。


「血の池を呼び出すと同時に、おれの体内から同量の血液が血の池に転送されるんだ」

「そんな!?」

「やっぱりか」

 血を吸われすぎた人間がどうなるのかを、エレーニは知っていました。

「た、大変じゃない! え、しかも今まで一人だったんでしょ!? どうやって!?」

「どうやっても何も…… 休んだり時間を置いたりすれば多少は血も増えるからそれでどうにか…… 毎回退治終わる頃には死ぬ寸前だが」

「ひ、酷い……」

「何がだ?」

 闇のような色をたたえた瞳が、不機嫌そうにコスタスに向けられました。

「地獄だぞ。悪人にタダで力を貸すべきでも、悪人を罰する力を弱めるべきでもないだろう?」

 どこか達観した態度。コスタスは言葉に詰まりました。


「お前さ…… なんでそのこと」

 さっさと言わなかったんだ、と言いかけて、エレーニは口をつぐみました。

 

 きっと、言えなかったのです。

 「初対面のセンテンス、しかも『悪』の奴なんて信用できねえ」から。

 うまい言葉を見つけられず、ごまかすように顔を上げた先には、木々に遮られてはいるけれど抜けるような青空。洞窟に追放される前は、飽きるほど見ていた青空。

「……吸っちまったじゃねえか……」

 ため息と一緒に、誰にも聞こえないくらいの小さな声を吐き出しました。




 どれくらい経ったでしょうか。

 誰も何も言えずにいる空気に耐えかねて、若干、本当に若干顔色が改善したカンダタに気分を尋ねようとして、コスタスはふと気が付きました。


 カンダタの死装束の右袖に、不自然に盛り上がっている部分があります。

 袖に空いた穴から、死装束の白と見間違えようもない紺色が見えました。


 猛烈に、嫌な予感がしました。


 袖をめくってみました。カンダタの棒切れのような腕にかかる紺色の紐と、それにつながる凸凹に膨らんだ同色の小さな布の袋。巾着でした。

 震え始めた手で掴みました。ずっしりとした、金属の重さ。カンダタの腕から外して開けてみました。お金がぎっしり詰まっていました。


「ちょっと…… これ…… 何?」

 問いながら、今自分の顔色はカンダタ以上に真っ青なのではないかと不安になりました。

 カンダタは目だけ動かして、コスタスの手元を見ました。

「ああ。先程センサーを探す傍ら、付近にいた奴からスッた。退治の時はいつも行っているんだ、盗み」

 まるで日々のルーティーンでも話すかのように、こともなげに。

「返せ。己のものだ」

 まだ苦しいだろうに、折れそうに細い腕を巾着に伸ばして。


 コスタスは救いを求めるような気持ちで、エレーニに目をやりました。


 エレーニは「へえ」と声を漏らしていました。

「やるじゃねえか。ウチもさ」


 ぺっ


 何かを数個吐き出しました。

 地面に落ちたそれらは、小さな金や銀の塊でした。

「さっき人間騙して盗ったんだ! 動物が人語話す世界観の話だと、いちいち能力使わなくていいのは楽だよな!」




 違う国、違う時代の物語の登場人物同士でも、言語は通じています。

 耳に聞こえる、目に見える言語が知らないものであっても、頭の中では自動的に自分の慣れ親しんだ言語に翻訳されて認識される仕組みになっているのです。


 けれどコスタスには、二人の言うことが宇宙人の言葉か何かに聞こえました。




「……だ」

「あ?」

「え?」

 コスタスは胸いっぱいに息を吸い込んで、同じことを今度は大声で叫びました。

「最低だって言ったんだよ!」


 二人は、何のことか分からない、と言いたげな表情をしました。

「何怒ってんだよ? いいだろ? 普段頑張ってセンサー殺してんだから、これくらいのスリルを楽しむご褒美があっても」

「どうせ全てのセンサーを殺したら全てがなかったことになる。盗んだ事実も消滅する。ならば、盗まなかったのと同じだろう」

「それに、もうどうしようもねーよ。こういう性分だから。ハハ」


 違う違う。

 どうして、なんで。




 ……信じられない。ありえない。

 

 酷く汚らわしい物に思えてきて、巾着を投げて返しました。じゃらじゃらとやかましい音を立てて飛び散るお金。


「おい、どこ行くんだ?」

 後ろからのエレーニの呼びかけを無視し、ずかずかと大股で歩き去りながら。


 コスタスは数日前の自分に対して、腹を立てるほど後悔していました。




 誘うんじゃなかった。あんなことするなんて。

 なかったことになるならいいって問題じゃない。できる限り物語の中の存在に危害を及ぼすべきではないし、そもそも盗みは悪いことだ。

 

 ムカムカしながら、コスタスはどんどんどんどん歩いていきます。

 いつの間にか、もうエレーニの声も聞こえません。


 あれじゃ、本当にただ単なる悪じゃないか。救いようのない悪だ。しかも開き直って、全然反省してない。

 やっぱり、悪は悪なんだ。一回間違ったら、ずっと間違ったままなんだ。正しくなんてなれないんだ。


 ……ぼくが言えたこと?

 

 コスタスの歩みは、少し遅くなりました。


 ……ぼくだって、悪だ。嘘をついてばかりいて、そのせいで大切な羊達が……

 事情も何もなかった。ただ自分が楽しみたかっただけだった。

 ぼくもだ。紛れもない悪だ。


 ……で、でも、悪にだって、別の悪を非難する権利はあるはずだし……

 だけど、そういうことじゃない。もちろん、盗みなんて絶対にしちゃいけない。それについては怒らなきゃいけない。

 けど、あの二人は来てくれたんだ。どこの馬の骨ともしれないセンテンスに、「人魚姫さん達みたいないい人に声をかけるなんておこがましすぎるけど、自分と同じ『悪』なら声をかけやすい」なんて無礼な理由で勝手に選ばれたのに、お願いを聞いてくれた。

 ぼくのように「自分は『悪』だから、誰かに助けてもらうべきじゃない」と考えて一人でいたのかもしれないのに、来てくれた。


 ……それについては、ふさわしいお返しをしなきゃ。

 コスタスは来た道を振り向きました。だいぶ遠くまで来てしまったようです。

 急いで戻らなきゃ。退治もまだ終わってないし。 


 駆けだそうとして、




 ぐいっ、

 ぎゅうーーーーー


 両手を後ろに引っ張られ、かと思えば手首をザラザラしたもので絞められるような、強い痛みが走って、


「捕らえたぞ…… 鬼め」


 背後からの、震える声に振り返ると、

 怒りをたたえた、けれど目には隠しきれない恐怖と緊張の色を滲ませた表情の桃太郎がいました。

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