chapter:Evil

prologue

 あるバッドエンドの主人公


「オオカミが来たぞー!」


 お手軽簡単!

 叫ぶのはただその一言のみ

 ポイントはできるだけ泣きそうな声で

 同情を誘うことを意識して


 それだけで村の連中、大混乱の大騒ぎ

 走り回ったり震えたりぶつかったり、それはもうもみくちゃに


 大変だ大変だと、各々武器を手に駆けつけてみれば、そこにいるのは平和に草を食んでる羊と笑い転げるアイツだけ


 楽しかったろうな

 ただ一つ嘘をつくだけで、あんな大勢の奴らを動かせるんだから

 ただ一つの嘘を信じて動いちゃうおバカさん達の間抜けヅラを拝めるんだから

 偉くなれちゃったと誤解できちゃうんだから

 中毒になって何度もやらかしちゃったって、まあやむなしだわな


 でもな、「嘘から出た真」って概念を知らねーのはヤバいぜ?


 ある日本当に、今度こそ本当の本当に

 今度こそ嘘じゃなく、オオカミがやって来た

 それもたくさんたくさんたくさん


 主人公真っ青、あの「ぼくはすごいんだ、えっへん」的な態度はどこへやら

 本心から泣きそうになって、本心から同情してもらいたくて

「オオカミが来たぞー!」

 一度のみならず、声が枯れるまで何度も叫んだ


 バカだな! 誰も助けになんて来ちゃくれないさ!

 みんなもう二度とお前に騙されたくないってさ!

 お前の言うこと、全部嘘だと思われてるってさ!


 誰の助けもない中で、食い殺されたのがこいつだけだったら、まだ後味も良かったろうにさ!


 けどあろうことか、オオカミ達が餌食にしたのは、奴が手塩にかけて育てた羊達だったのさ!


 そして結局、羊達は全滅してしまいましたとさ!


 めでたくなし、めでたくなし!


 


 頁




 一方こちらのバッドエンドの主人公


「私は鳥です。つまりあなた達の仲間です」


 まさか誰も思うまいよ

 胸張って宣言した数日後、同じ口で


「私は獣です。つまりあなた達の仲間です」


 なんて言う奴がいるなんて

 しかもそのさらに翌日に


「私は鳥です。つまりあなた達の仲間です」


 なんてまた言い出すとは!

 まあマジな話すると獣なわけだけれども!


 難しいことなんてなかったのさ

 強い方について、強い奴に取り入れば、生き残るのなんて余裕余裕

 信念だの守らなきゃいけない存在だの、そんなもんはハナからない

 あったとしても捨てちまう

 それが安全に生きるコツ

 戦争なんて、そんなもんだろ?


 でもな、戦争なんていいこと一つもないもんが、いつまでも続くと思い込んでんのはヤバいぜ?


 ある日とうとう戻った平和

 その中にいらない存在が一つ


 「卑怯者!」

 主人公は獣からも鳥からもそう罵られた

 正直殺し合いしてた連中がそんなこと言うのもどうかとは思うんですけどね!


 そして結局、真っ暗な洞窟の中へと追いやられてしまいましたとさ!


 めでたくなし、めでたくなし!







 一方こちらの主人公


 殺人、放火、それと泥棒。どうも色々やらかしてたらしい

 天網恢恢疎にして漏らさず。死後案の定地獄に落ちた


 地獄はまさに地獄だった

 どこもかしこも真っ暗闇、広がる静寂

 たまに光るのは針の山だけ、たまに聞こえるのは他の誰かの疲れ果てたため息だけ

 しかも常に生臭い、嫌な赤色の血の池で溺れてるとあっちゃ、そりゃ逃げたくもなるね

 なら生前悪いことしなきゃ良かったってだけの話ではあるけどな


 けれどそんなある日のこと

 地獄よりも遥かに上の世界に住んでる誰かさんが、救いの手を差し伸べてくれた

 手っていうか、そのへんにいた虫が出した糸だったけど


 この主人公、なんでも生前一度だけ、虫を殺すのをやめて見逃したことがあるらしい

 誰かさんはそれに感心して、助けてくれようとしたんだと


 脱出できる手段を目にした主人公、大喜びで飛びついた。

 地獄から天まで届く長い長い糸を、それでも諦めずせっせとよじのぼり続けた


 ところがどうだ、だいぶ高いところまで来た時ふと見下ろしてみたら、地獄の連中が大勢のぼってきてるじゃないか

 奴らの重みで、大事な糸が切れちまう!


 でもな、ビビるのも焦るのも分かるが、重み以外の理由で糸が切れる可能性を考えなかったのはヤバいぜ?


 この糸はおれのだ、と叫んだ瞬間、糸は返事でもするみたいに良い音立てて切れちまった!


 そして結局、地獄へと真っ逆さまに落ちていってしまいましたとさ!


 めでたくなし、めでたくなし!

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