第34話 アリアの怒り

 バファロスはバルコニーで手に汗を握りながら、膠着状態に陥った戦いを俯瞰していた。いや、膠着状態とは言え、戦闘に精通していない彼でさえ暗殺部隊が劣勢なのは明瞭であった。

 一人、また一人と覆面男が氷漬けにされていく。これは悪夢かとバファロスは頭を抱えた。彼は暗殺部隊の面々を、『王国魔導騎士』と対等に戦える人材を育て上げてきた。その為に大金を叩いて、闇の中で生きる名高い暗殺者を講師として招き入れもした。中でも、ロティと戦闘中の彼はバファロスの最高傑作で、『王国魔導騎士』の幹部クラスをも手に掛けたことだってある。まさしく最強と呼ぶに相応しい暗殺集団だ。それがどうして、学園の小娘などに止められようか。

(な、なんだッ……なんだあの小娘はッ……! それに何故、彫刻師風情があそこまで戦えるッ!)

 おかしい、おかしい、おかしい、こんな筈では。

 バファロスは呼気を震わせながら、小さく呟いた。

 そうだ、これは悪夢に違いない。彼は顔を引き攣らせて、変な笑いを漏らす。


「――顔色が悪いけど、どうかした?」


 ぽん、と肩を叩かれ、バファロスは慌ててそちらに振り向いた。

 そこには轟々と怒りを煮詰めたような瞳で見据えるアリアが佇んでいる。


「どうかした? 早く答えて」


 生物としての格が違う、そう思わせるまでに残酷な、冷たい声音。

 バファロスは息を詰まらせながらも、平然と取り繕って返事をする。


「い、いえ……少し体調が優れないもので」

「じゃあ聞き方を変える。あの塵芥共は貴方の差し金? ”早く答えて”」

「そうで、ございます……っ……」


 バファロスは質疑応答を終えてから、ハッとする。

 そして次の瞬間には、もう彼は地に足を付けていなかった。


「”吹き飛べ”」


 ――突如、竜巻もかくやという突風が吹き荒れた。

 バルコニーは半壊し、バファロスは宙に舞い、惨たらしく地上に叩き付けられる。

 全身の至る箇所が骨折し、頭部からは血が流れ、やっとの思いで意識を繋ぎ止めた。

 もはや、声を発することすら叶わない。いや、下手に発声すれば、あの最強と謳われる王女に殺されかけない。バファロスは薄らと目蓋を開け、【パシュパラストラ】の柄に触れるアリアを見て思った。


「ねぇ、誰の許可を得て、ロティに危害を加えようとしてるの?」


 冷酷な眼差しでバファロスを見下しながら、アリアは告げる。


「わたしのロティに手を出しておいて、許されると思う?」


 シャリン。美しい黒い刀身が姿を現した。


「――許される訳ない。その罪、万死に値する」


 生気が欠けた瞳は、バファロスが今まで見たどの暗殺者よりも深く、悍しい色をしていた。

 そして、細身の刀身がバファロスの身体を貫いた。

 何回も、何回も、身体に覚えさせるように。

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