第32話 ファイナルラウンド
ロティは《無限の領域》の鞄から、先日完成したばかりのオーダーメイド武器、長大な鋸を取り出す。銘は【ボウシュウ】。両刃の刃渡りは大の大人ほど、ピッチは大きく粗く、対魔物や対人戦用に加工されている。素材は最上級金属の非緋色金に玉鋼、加えて希少種スケルトンのドロップアイテムを混ぜているのだ。どれだけ荒い使い方をしても、先にこちらの武器が損傷することはあるまい。国中を探し回っても、これだけ耐久性の高い武器はそう見当たらないだろう。
「……良い獲物だ」
覆面男が初めて口を開いた。のこ身の鋭い輝きを見ただけで、超一級品の武器ということを見抜いたらしい。
「それはどうも」
ロティも短く返事をすると、それが火蓋を切る合図となる。
両方が地を蹴り、間合いを詰めた。ロティが上段斬りを放つと、覆面男は剣の腹で容易に受け止めるが、代わりにギリッと嫌な音を立てる。本来、鋸は切断が用途なのだ。対人戦であれば武器破壊だって狙えてしまう。
覆面男は武器の性質を理解したようで、小さく舌を鳴らした。片手剣を引こうとするが、ロティはその隙を見逃さない。既に片手剣は鋸のピッチに挟まっている。彼は引っ掛けるように鋸を引くと、ギャリンという金属音を響かせて、覆面男は連動するように体勢を崩した。
ロティは流星の如く追撃を繰り出すが、覆面男は強引に身体を捻って回避する。もしも他の覆面男が相手であれば、今の一撃で勝負はついていただろう。やはり只者ではないらしい。
「……刃が欠けたか」
ごく僅かながら刀身が欠け、四散していた。
覆面男は愛剣からロティに視線を戻すと、片手剣を中段に構え直す。
(手応えはまずまず、かな。悩みに悩んだ希少種スケルトンのドロップアイテムを注ぎ込んだ甲斐があったよ)
もしも非緋色金と玉鋼だけの組み合わせであれば、例え最上級金属といえここまで無茶な扱いは出来なかっただろう。ロティは両手からひしひしと伝わる良好な感触に胸を踊らせているが、しかし、覆面男はそうではないようだ。覆面で顔の表情は読み取れないが、殺気に苛立ちが混じったように感じる。この鋸ほど対人戦で厄介な武器はないだろう。
今のロティに打ち勝つには、的確に攻撃を弾いたり受け流したりする技術が必要だ。鍔迫り合いなど持っての他である。だがこの覆面男ならそれくらいの芸当、やってのけてしまうだろう。ロティは彼の気迫に押され、無意識に確信してしまった。
「ふッ――」
「はぁっ――」
守りに徹するよりは攻めに出た方がいいと考えたのか、今度は覆面男が上段から剣を斬り下ろしてくる。ロティはピッチに挟み込ませるように防御するが、覆面男は銀閃が交わった直後、すぐに剣を引く。
一閃の攻防の間に、もう鋸の対処をされてしまった。凹凸の刃に巻き込んでしまえばこちらのものだが、それが出来ないとなると長期戦に縺れ込みそうだ。しかし、長期戦はロティの望むところでもある。エルシーや『王国魔導騎士』が他の暗殺者を捕らえ終われば、残るはこの男のみ。袋の鼠とはまさしくこのことだ。
「ハッ――」
無論のこと、覆面男も短期決戦が望ましいと思っているようで、峻烈な攻撃を繰り広げてくる。一手が酷く重い。少しでも気を抜くと防御が遅れてしまう。それに、まだこの男は魔導を見せていない――。
(気を抜いたら、負ける――)
ロティの死は、それすなわち偉大なる彫刻家の血縁を断つのと同義だ。
尊敬する父親は、ロティという財産を残してくれた。
尊敬する父親は、ロティに彫刻の技術を身に付けてくれた。
彫刻という芸術文化を、より、世界中に浸透させる為に。
なればこそ、ここでロティはくたばるわけにはいかない。
もっと、もっと世界中に自分の名を知らしめ、彫刻を流行らせ。
自分が愛した女と結婚し、子を身篭らせ、最後は自らが師となって彫刻の全てを伝授したい。
それが父親の願いを引き継いだ、ロティの願いだ。
「《念動力》、発動――」
煉瓦造りの地面を叩き付けるように鋸で破壊する。瓦解した煉瓦の幾つかを浮遊させ、投石するように放つと、覆面男は剣で全て弾き飛ばした。その間にロティは接近し、鋸を横に薙いだ。純粋で最速の一撃は――どこからともなく出現した直剣によって防がれてしまう。
ふわふわと浮いている直剣は、しかし強烈な一撃を浴びても微動だにしない。覆面男が剣の柄を握っている訳でもないのに、まるでロティの《念動力》で操っているように剣が浮いているのは、この男の魔導故だろうか。
「《武器創生》――武器を創り、自在に操る、それが俺の魔導だ」
「ああ、そう」
ロティは力を入れて鋸を引くと、創生された直剣の刀身は容易く壊れた。魔物が灰と化すように、粉々に消滅していく。
(脆そうなのは一目で分かったけど、攻撃する度にこれで守られちゃ堪らないな)
奇襲で放った暗器も、この魔導で創生した物だとするのなら、様々な種類の武器を形成可能なのかもしれない。それに、同時に創生出来る武器が一つとも限らない。同時に形成出来る武器の上限数は? どれだけの数を自在に操れる?
耐久度が低いこと以外に弱点らしい弱点も見当たらない。厄介の一言に尽きる。
覆面の奥に覗かせる瞳が、異様な光を放った。
そして出現する直剣は、なんと五本。
「この野郎……」
ロティは苦し紛れに呻いた。
顕現した直剣は宙に浮き、意思を持つようにロティの方へ剣先を向ける。
覆面男が直々に握っている業物らしき片手剣を指揮杖のように振るうと、五本の直剣はロティ目掛けて発射された。
「くッ……」
まるで弓矢が放たれたような速度で迫ってくる直剣。ロティは横にステップし、ギリギリのところで回避するが、目前には覆面男が迫ってきていた。鋸を盾のように構えて、片手剣の突きをガードする。
ロティは反撃に転じようと鋸を下段に構えるが、地面に突き刺さっていたはずの直剣が再び宙に浮き、彼に襲い掛かった。半ば強引に叩き壊すように鋸を振るうと、五本の内三本までは武器破壊に至り消滅する。だが残り二本は間に合わず、片方の腕と太腿に擦過した。
「ようやくまともに当てられたか。並の『王国魔導騎士』なら既に討ち取っているところだぞ」
「お生憎様、ボクはあんな堅物連中よりも沢山の死戦を潜ってきてるからな……ぅっ……」
掠った箇所にチクリと痛烈な痛みが奔る。
「……これはいよいよ、気を抜けなくなってきたな」
(戦闘用の彫刻像でもあれば、幾分かは戦いやすかっただろうけど……ゴーレム像も希少種スケルトンに破壊されちゃったし、粗末な素材を使ったところで、この男には通用しなさそうだしな……)
とは言え、彫刻刀で無闇に斬撃を放つ訳にもいかない。広場には逃げ遅れ、戦闘に巻き込まれないよう傍らで留まっている人もいる。この覆面男に斬撃を命中させられる自信はあるが、それでも何発かは避けられてしまうだろう。流れた斬撃が一般市民に当たりでもすれば本末転倒もいい所だ。
それに、ちらりと横目で確認した限り、どうにも他の『王国魔導騎士』が手こずっている節がある。もしや、今回現れた覆面集団は最後の精鋭部隊なのかもしれない。国王誕生祭に事を荒立て、それが失敗に終われば、悪辣な知恵を持つ首謀者ですら尻尾を掴まれるかもしれない――そう考えれば、公然の奇襲にも納得がいく。
ふっ、と小さく息を整えて、ロティは鋸を中段で構えた。
恐らく、巧みに操作している直剣は、ロティの《念動力》で支配権を奪えないだろう。直剣から強い意思を感じるほど魔導の練度が桁違いに高いし、仮に《念動力》で支配出来たとしても、能力の解除権は覆面男にある。四苦八苦を乗り越えて支配権を得たとしても、能力を解除し直剣を失くされるのが落ちだ。
応用の利く《念動力》ではあるが、彫刻像のような秘策が無ければ、強大な魔導の持ち主には抵抗すら出来ない。ロティの戦闘技術と勘は並々ならぬ物ではあるが、それは相手もまた同じ。実力は五分五分か、あるいは向こうが一枚上手か――。
襲い掛かる直剣を落ち着いて一つ一つ捌きつつ、時には武器破壊を狙いながらロティは策を考える。
「はぁっ!」
幾つか直剣を破壊しているが、瞬く間に新しい物が形成されていく。一本失えば、また新たに一本追加され、三本失えば、また新たに三本追加される。同時に創生可能な数は五本までなのだろう。短期決着を狙う以上、ここで出し惜しみする理由が見当たらない。
(……五本までなら、なんとか捌き切れるっ!)
なれば、後は仲間が駆け付けてくれるのを待つだけだ。
何しろロティには、『王国魔導騎士』すら顔負けする優秀な友人がいるのだから。
そんな彼女は緻密な能力の操作で、時折『王国魔導騎士』の補佐を務めながら、着実に敵を捕縛、乃至は戦闘不能に陥らせていた。正直、この覆面男と相手を変えて欲しいくらいだ。
ロティは苦笑いをしながら、最短距離で覆面男との間合いを詰めた。
「近接戦が続けば、剣の操作の集中は途切れるんじゃないか?」
鋸を小刻みに振るいながら、ロティは毅然と問いかける。
「………………っ」
覆面男は情報を与えない為か、あるいは図星なのかは定かではないが、沈黙を貫いた。
だが、明らかに《武器創生》で生み出した直剣の動きが鈍っている。ロティは自分の勘が間違いではないことを半ば確信したことで、更に攻撃の手を増やしていく。例えばロティは彫刻像のような動作源がないと《念動力》を活かせないように、どの魔導使いにも必ず欠点はある。
この男の場合は中距離から短距離に持ち込む戦闘を得意とし、直剣を自在に操る肝は集中力だ。弱点を突けば態勢が崩れるのも自明の理。時間稼ぎとはいえ、手を抜いてやるほどロティはお人好しではない。
「う……おおっ!」
ロティは気合を迸らせながら、力を込めた一撃を見舞わせる。
覆面男の片手剣よりも、ロティの鋸の方が獲物の大きさは上だ。加えて片手で扱う剣に比べ、鋸は基本両手持ちの武器。力比べでロティが劣るはずもなく、鋸は片手剣の剣先に衝突し、覆面男は後ろに仰け反った。
(チャンス……ッ!)
余力を振り絞り後ろに飛び退く覆面男に対し、ロティは目一杯に腕を伸ばし、相手に引っ掻けるよう鋸を振るう。そして、獲物越しに伝わる、肉を切り裂く感触。飛び跳ねる鮮血。苦しむ呻き声。深くはないが、浅くもない一撃が覆面男の利き腕に命中した。
しかし、それは確かな手答えだった。
それが、ロティの油断を招いた。
――突如として、ロティの背中が鋭利な刃で切り裂かれる。
「うぐ……っ」
強烈な痛みと、熱さが背中に奔った。
ロティは倒れ込むように両手を地に付け、背後を見やる。
そこには、あるはずのない六本目の直剣が宙に浮いていた。
「く、そ……同時に出せる本数は五本までじゃなかったのか……」
「……誰も五本が限界とは言っていない」
覆面男もまた、片膝を地に付けながら種明かしをする。
(ぐっ……痛い、痛い痛い痛い、痛すぎる……)
ロティは鋸を杖のようにして、なんとか立ち上がった。俯いた顔の先には、ぽたぽたと垂れた血液が煉瓦を更に赤く染めている。覆面男も腕を切り裂かれたと同時の魔導行使で操作を見誤ったのか、幸いなことに剣先は内臓にまで届いていない。だが、すぐにでも治療をしなければ出血過多で死に至ってもおかしくはない。
自分の身体にはこれほど血が流れていたのか。そう思わせるほど、地面は徐々に濡れていく。
「……ファイナルラウンドといきますか」
ロティは顔を顰めながら、何とか鋸を持ち上げた。
覆面男もまた、片手剣を反対の手に持ち替えながら、気力を振り絞って立ち上がる。宙に浮いていた直剣は、全て消え去っていた。負傷した状態ではまともに操ることも出来ないのだろう。ロティを襲った直剣は、さながら最後の一撃と言ったところか。
「……いいだろう、すぐに殺してやる」
「お前たちがボクを殺したい理由は一体何なんだ?」
「……それは俺を倒して捕まえれば分かる話だろう」
「だってお前たち、捕まえても自害するだろ。その口の中に隠してる毒薬で」
そう指摘すると、覆面男は少し考える素振りを見せた後、ぺっと口の中から丸い物体を吐き捨てた。
「へぇ、意外だな」
「どうせ早かれ遅かれ、あの国王には悟られることだ。いや、きっともう……」
覆面男は顔を逸らし、王城のバルコニーを見つめた。
「……なんでもない。さぁ、続きを始めようか」
ロティは肩で息をしながら、静かに頷いた。
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