第31話 最後の奇襲

 王城に到着した二人は客室に通された。

 現在、ロティは美粧家の人に身嗜みを整えられている。いつもは乱雑に跳ねている癖毛も整髪料で揃えられ、お気に入りの制服には最上級の香水で匂いを付けられ、本来は『王国魔導騎士』に授与される『王国』を象った勲章まで胸元に装着させられた。

(これまた反感を買いそうな物を……)

 と、ロティは胸内で毒づいた。何やら『王国魔導騎士』は己の誇りの高さ故か、ぽっと出の『王国彫刻師』などという名誉を授けられたロティのことを嫌う風習がある。王座の間に闖入すると、毎度のことながら睨まれるのだ。

 彼は諦観するように深くため息を吐くと、客椅子に座り【アルマス】の触感を確かめていたエルシーが目を輝かせてロティに近寄った。


「と、とても似合っていますよっ!」

「そ、そうかな? なんだか勢いが凄いけど……ありがとう」


 ロティは彼女の凄みに押されて、思わず身を引いてしまう。


「これは仕方ないと思いますっ! 噂で耳にする空間を切り取って保存する魔道具が欲しいくらいですっ! ええと、確か銘は《写真撮影》の箱とかなんとか……」

「あぁ、それなら見たことあるよ。爺さん……じゃなくて、国王とか、芸術好きな大富豪とかが何人か持っていたな。どれも国家予算並みの値段がするらしいけど……」

「こ、国家予算……一体どれだけお金を溜めたら買えるんでしょう……」

「検討もつかないよね。まぁでも、この格好が気に入ったのなら、またそのうち美粧さんに頼んでみるよ。ね、いいでしょ?」


 顔馴染みの美粧家の人に問いかけてみると、「ええ」と二つ返事を貰った。


「えへへ、嬉しいです。ロティさんはやっぱりお優しいですね」

「ボクの方こそエルシーに助けて貰ってばかりだから」

「私だってそうですよ? お互い様ってやつです」

「だとしてもだよ。それに、今からだってエルシーの力を貸してもらうことになるんだから」


 身嗜みを整え終わったロティは化粧台の前から立ち退くと、そばに置いておいた《無限の領域》の鞄を肩に掛けて、エルシーの瞳を見据えた。


「エルシー、頼んだよ」

「はいっ! 私が絶対に守り抜きますから、ロティさんは彫刻に専念してくださいねっ!」


 ロティは安堵の笑みを浮かべ、エルシーは優しく微笑んだ。

 二人は王城の門前まで移動すると、コツンと拳を合わせた。



***



 王城の外壁に掛けられた《時を刻む針》が、カチリ、午後二時を知らせた。

 ロティは歩み出す前に、制服の上着を引っ張って気持ちを切り替える。そして、彼は魔導学園の学徒ではなく、彫刻師としての矜恃を醸し出す。空気を震撼させるような佇まいで、ロティは広場に出た。

 それと同時に素材を覆っていた布がはらりと除けられる。姿を現したのは、先日、〈奈落の山岳〉にて討伐したバルガモスのドロップアイテムだ。奴らが落とす素材は赤金色の岩石である。鋼鉄の硬さを誇るバルガモスのドロップアイテムは、火で炙った面積が一時的に粘土のように柔らかくなる性質を持ち、これから彫刻を演じるロティにとってはもってこいの素材であった。

 ――これより、『王国彫刻師』ロティ様に彫刻の披露をして頂きます。開始の盛大な拍手をお願いします。

 伝説の魔道具の一つ、《声の増強》の筒により、広場一帯に司会と思われる男の声が響き渡る。次の刹那、会場となった広場の至る所から歓声と拍手が殺到した。ロティは居心地の悪さを感じつつも、その場でくるりと一周し、会釈する。

 中にはエルシーや他の魔導学園の学徒も見受けられる。なかなかに度胸を試される催しではあるが、元よりロティは緊張と無縁の生き物だ。彫刻刀さえ握ってしまえば、後はどうにでもなる。


「松明、頂けますか」


 ロティは司会者から松明を受け取ると、その煌々とした炎で赤金色の岩石を軽く炙った。おおぉ、という観衆の声が漏れる。彼は差して気にすることなく、《無限の領域》の鞄から大振りの彫刻刀を取り出した。

 そして、ロティの意識は彫刻の一点のみに注がれる。

 既に頭の中に完成形は浮かんでいる。後は着実と削り、彫っていくだけだ。削り、彫り、削り、削り、彫り、時には彫刻刀の種類を変え、また彫る。岩石の体表が冷えてきたら松明で炙り直して、また削る。

 もっとだ、もっと、もっと、集中するんだ。そして、彫刻を初めて半刻ほど経ったところで――ゾクリ、背中に悪寒を感じた。

 その刹那、彼から一メトルほど離れた地点に蔦が芽吹き、成長し、暗器に巻き付いた。エルシーの魔導だ。恐らく、彫刻で神経を研ぎ澄ませている間は、初撃を回避出来ない。ロティは自分自身のことを深く理解していたからこそ、予めエルシーに護衛を頼んでいた。

(やはり、襲ってきたか……年の功ってやつか? 爺さんの読み通りだ)

 瞬時にロティは彫刻を取り止め、暗器が飛んできた方向に顔を向ける。

 そこには見覚えのある覆面を被った男が佇んでいた。数カ所に散らばっているが、横目で確認した限り、他にも数名いるようだ。そして、観衆の悲鳴が轟いた――。


「きゃ、きゃあぁぁぁぁ――」「うわあぁぁぁぁ――」「な、なんだよあれはッ――」「お、おいなんだよあれはッ――」


 急にどよめく見物人たちは、四方八方へと散らばっていく。

 下手に留まれるより幾分かはマシだが、一番面倒なのは覆面集団に人質として捉えられることだ。エルシーはこの事態を想定していたようで、一瞬の内に氷を生成し、覆面男たちの足を呑み込むように凍らせた。『王国魔導騎士』も少数だが配置されている為、鎮圧までにそう時間は掛からないだろう。

 ロティの目の前の男さえ退治してしまえば、だが。

 今回の襲撃の主犯格、いや、この暗殺集団の統率者だろうか。素早い身の熟しでエルシーの氷から逃れていた。身体能力や反射速度、状況の対応などから鑑みるに、他の覆面男の技量よりも頭一つどころか三つほど抜けている。そう察せられるほどの実力者ということだ。


「ボクの相手はお前でいいのか?」

「………………」


 覆面男は背中に携えた片手剣を抜きながら、無言を貫いた。

 その無言は了承の合図だ。

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