第30話 ダミー

 一方その頃、バファロスは王城のバルコニーに佇んでいた。

 王城前の広場を一望出来るバルコニーには、王国内でも有力な貴族が集っている。各々が上質な椅子に腰を掛けて、彫刻像が披露されるのを今か今かと待ち遠しく思っているようだ。

 しかし、バファロスは白髭を撫でるのも忘れて、額に汗を浮かべていた。

(な、なんだあれはッ――)

 王城前の広場に、布を被せた立方体に近しい何かが用意された。布で視界を遮っているので中身は不明だが、少なくとも彼が夜更に削って壊した彫刻像とは形が異なっていることは確かだ。

 午後二時まで後十数分と言ったところだろうか。既に広場には観客が大勢押し寄せていて、これからバファロスが密かに工作することは不可能だ。彼は歯を軋ませながら、今し方、自分が嵌められていたことに気づいた。

(――あの彫刻像は、ワタシを出し抜く為のダミーだったというわけか)

 してやられた。彼はそう思わずにはいられなかった。

 彫刻という芸術を根絶やしにする為、自らが国王の側に付き、高値を叩いて《慧眼》を出し抜く魔道具まで購入して、ようやく後一歩というところまで来たのに――失敗した。

 強く拳を握った。爪先が手のひらの皮を貫きそうなほど、強く握った。

 そんな中、北の魔導学園の制服を身に纏った少年が毅然と広場に現れる。

 もう今しかない。今を逃せば、次の機会は来年、いや、もっと先になるかもしれない。あるいは、『王国彫刻師』とその父親の殺害を図ったことが漏れて、先に自分が捕まるかもしれない。

 バファロスは静かに席を立つと、国王が心を見透かすような眼差しを彼に向けた。


「バファロス、何か用かの?」

「……いえ、少しお手洗いにと思いまして。途中で抜け出すのも、ロティ殿に申し訳ないですからな」

「そうか。早めに戻ってくるのだぞ」

「……はい」


 彼は焦るように席を抜けると、人影のない場所まで移動し、パチンと指を鳴らした。

 ややあって、おもむろに覆面を被った男が現れる。


「……あのガキを殺せ」

「……今回ばかりは足が付くかもしれませんよ?」

「構わん。合図はワタシがする」

「……承知致しました」


 例年通りであれば『王国彫刻師』のロティは依頼された彫刻像を作って終わり。広場に顔を出すことなどなかったはずだ。何を始めようとしているのかは分からないが、これを逃せば彫刻は国外問わず広く振興してしまうだろう。

 それほど『王国彫刻師』の作品は年々注目されている。

 バファロスは手に汗を握りながら、バルコニーに戻っていった。

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