第29話 国王誕生祭
「わあっ、今年も賑やかですねっ!」
「うん、人がゴミのようだ」
「あ、あはは……ロティさん、もうちょっと表現の仕方変えましょ?」
共に寮を出た二人は、王都の中央広場にやって来ている。
今日は国王誕生祭の当日。王都中央から北の通りにかけて数多くの出店が立ち並び、人垣が幾つも出来ていた。人混みに疲れた二人は近くのベンチに腰を掛ける。それからロティは先ほど売店で購入した牛肉の串焼きを手にした。
ただの祭り事であればアリアも二人と同席していたのだが、何せ彼女は王族だ。特に国王誕生祭では国中の貴族が王城に足を向け、国王に祝辞を言い渡す慣しがある。王女の位を携えるアリアもまた、貴族間での社交に勤しまなければならない。
(アリアの奴、相当駄駄を捏ねていたけど大丈夫かな……)
彼女は国王と面を向かって「お父様の分からず屋! 大嫌い!」と叫んでいた。アリアも二人と一緒に祭り事を楽しみたかったのだろう。怒り狂って魔導を暴発させなければいいけど、とロティは考えながら牛肉に齧り付いた。
「ロティさん、またアリア様のことを考えているんですか?」
「な、なんで分かったの……?」
「顔に出ていますよ。アリア様のことを気に掛けるのも分かりますけど、だからって私を放ったらかしにしないでくださいっ!」
「ご、ごめん……?」
「謝ってほしいわけじゃないです」
ぷくーっと頬を膨らませてエルシーは外方を向く。
路地裏で出会った頃に比べれば随分と仲睦まじい関係に進展したと言えるだろう。しかし、ロティは女の子を上手に扱う術を持たない。彼は脳内で試行錯誤を重ねた挙げ句、食べ物で釣れば機嫌を直してくれるだろうという安直な結果を導き出した。
(うんうん、アリアも焼きそばで機嫌直してくれたし、これならエルシーも……)
と、ロティは串焼きをエルシーの口元に運んだ。
エルシーは雪のように白い肌を紅潮させて、ロティを睨み付ける。
「……ロティさん、食べ物で釣れば機嫌直るとか思っていませんか?」
「っ……そ、そんなことないよー」
「なんで棒読みなんですか……はぁ、せっかくなので頂きますけど」
呆れ顔でエルシーは牛肉に噛みつくと、ぱあっと顔を明るくさせた。
「むむぅ……悔しいけど美味しいですね、これ」
「でしょ? ここの串焼きは毎年買ってるんだ。良かったら残りも食べちゃっていいよ」
「え、いいんですか?」
ロティはコクリと頷いて、半ば強引に串焼きを押し付けた。
彼の手に彼女の冷たい手が一瞬重なり、離れる。エルシーは嬉々たる表情を見せながら「ありがとうございますっ!」と謝辞を告げた。串焼きだから間接キスにはならないよね、と考えながらロティは「うん」と短く返事をする。
アリアが寮部屋で寝泊りしているせいか、妙に男女の仲を意識してしまう。ロティは雑念を振り払うようにかぶりを振って、広場の時刻台を見上げた。魔道具、《時を刻む針》を確認するに、現時刻は正午より少し前。王族や貴族が食事を終えた午後二時から彫刻像の展覧が始まるので、王城に向かうのはしばしのんびりとした後でもいいだろう。
ロティが嘆くように呼気を投じると、エルシーは覗き込むように彼の顔を見る。
「あまり顔色が良くありませんよ、大丈夫ですか……?」
「なんだかエルシーには見抜かれてばかりだね」
彼は空元気で表情を取り繕うと、「気にしないで」と囁いた。
すると彼女は無言で立ち上がり、公共の塵箱の方へ歩いていく。食べ終わった残りの串を捨てに行ったのだろう。それを遠目で眺めていると、今度は売店の方へ向かっていく。店主から二つの紙コップを受け取ると、ややあってエルシーは戻ってきた。
「これ、さっきのお礼です」
そう言って、彼女はお茶が注がれた紙コップを渡してくる。
「ありがと。それと、ごめん。変に気を遣わせちゃって」
「それこそ気にしないでください。これは私がしたくてやっているだけなので。……むしろ謝られるよりは、悩んでいることを打ち明けてくれる方が嬉しいです」
「……分かったよ。悩み事というよりは、過去の話なんだけど、聞いてくれるかな?」
エルシーは静かに頷くと、ロティは五年前の悪夢を語った。
この日に父親の展覧会が行われたこと、彼自身は家で待機していたこと、帰りが遅くて王城まで向かおうとしたこと、路地裏で父親の死体を発見したこと。前日、悪夢を見たことで封じた記憶が蘇ったロティは、事の仔細を語り終えると――エルシーは目尻に涙を溜めて、ロティの肩に寄り縋った。
「……毎年この日になると、どうしても思い出しちゃうんだ。せっかく二人きりで遊び歩きしているし、エルシーに悟られないよう平然を装っていたつもりなんだけどね、あはは。……ボクの為に泣いてくれてありがとう」
「……私もロティさんの気持ちは痛いほど分かるので」
「そっか、僕たちは似た者同士だったね」
「はい、そうですよ」
と、エルシーが誇らしげに小さな胸を張って言う。
「良かったら、私の昔話も聞いて頂けますか?」
今度はロティが静かに頷いた。
もっとも彼女が両親と離れ離れになったのは赤子の頃で、当時の記憶は無いそうなのだが、それでも孤児育ちのエルシーの話はロティにとって共感出来る物だった。両親の代わりとなる先生や、同年代の孤児仲間の話は、ロティにとって国王やアリアのようなものだった。
そんな風に自分を彼女と重ね合わせながら、ロティはお茶を口に含ませつつ相槌を打っていた。
「やっぱりボクたちは同類だね」
彼女の話を聞き終えたロティは、やはりそう思わずにはいられなかった。
「ふふっ、そうみたいですねっ」
エルシーもまた、目尻に溜まった涙を拭いながら笑ってみせる。
お互いに昔話を曝け出し合っていると、《時を刻む針》の短針が一つ進み、時刻は午後一時を指していた。そろそろ王城に向かうべきだろう。ロティは立ち上がって彼女に手を差し伸べた。エルシーも彼の手を握って腰を上げると、二人は人通りが比較的少ない道を選んで歩いていく。
ロティは念の為、周囲に気を配りつつも、そうだと《無限の領域》からとある物を取り出した。
「これ、いつも仲良くしてくれているお礼に」
彼が指先で摘んでいる物は、エルシーを模した透明色の小さな彫刻像だ。頭部に出っ張りを作り、そこに凧糸を通して結んでいる為、鞄などに括り付けておけるよう細部まで拘ってある。たまたま希少種バルガモスが落とした透明色の頑丈な岩石を削って作っただけのストラップだが、喜んでくれるだろうか?
一抹の不安を抱えながら、視線をストラップからエルシーの方に移してみると、
「――嬉しいです……」
彼女は泣き出す直前であった。
「ぼ、ボクなにか悪いことしたかな……?」
「い、いえっ、これはその、嬉し泣きってやつですよ……ありがとうございます、大切にしますね、これ」
エルシーははにかみながらストラップを受け取ると、それを腰ベルトに括り付けた。
「ど、どうですか……? 似合ってますか……?」
「うん、とっても可愛いよ」
「っ〜〜〜〜、そ、そうですか……」
こんな風に喜んでもらえるのなら儲け物だな。
ロティはそう思いながら、エルシーの緩んだ頬を眺めていた。
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