第28話 前夜

 国王誕生祭、前日の真夜中――。

 王城の廊下にて、バファロスは白髭を撫でながら悪態をついていた。


「あの小娘めッ……チョロチョロと小僧に付き纏いおって……」


 以前、『王国彫刻師』ロティの暗殺に失敗してから、バファロスは機会を見計っていた。だが、国王に先手を打たれてしまい、肝心の暗殺対象が独りになる時は訪れず、ついには国王誕生祭の前夜までやって来てしまったのだ。

 国王とロティは内緒に話を進めていたが、察するまでもなく今年も例年と同様に彫刻像の展覧をするのは分かっている。バファロスは馬鹿な二人だと内心ほくそ笑みながらも、ここ数日の間にロティが出入りしていた特別室に向かっていた。可能であれば彫刻像を用意される前に始末しておきたかった、というのが彼の本音であるが、贅沢な事も言っていられない。

 時間は巻き戻せないのだ。今はロティを潰すことよりも、彫刻像を壊すことの方が優先度は高い。元来より人気や需要が高い作品は、その製作者が死ぬことで価値が劇的に高まることがある。それを未然に防ぐ為には、作品から始末する他にない。

 そして、ロティが特別室で内密に彫刻像を作っていたことも、この時間帯になると警備の者が一時的に別の見回りに行くことも、バファロスは確認している。普段、国王の側近として働く彼だからこそ見抜ける芸当であった。


「……ふむ、見張りはいないな」


 にやりと口元を歪ませながら、バファロスは特別室の重重とした扉を開けた。

 部屋一面にブルーシートが敷かれ、その上には王座に座る国王を模した彫刻像が佇んでいる。


「……ふん、忌々しい彫刻像だ。ワタシがもっと見窄らしい姿に修正してやろう」


 バファロスが握るのは、かつて彼が彫刻に勤しんでいた時代の残り物だ。

 木柄は汗で滲んでいるが、しかし刃は微塵も欠けることなく輝きを放っている。年季を感じさせる一振りだ。彼はそんな彫刻刀の刃先を殴るように彫刻像へぶつけていく。

(これで新しい彫刻像の用意も出来まいて。クククッ――」

 彼は何度も何度も何度も、怒りと憎しみを叩き付けるように、彫刻像を歪な形にしていった。

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