第27話 同衾
二人の羞恥を曝け出す「あーん」を一通り済ませた彼は、アリアが浸った残り湯と理性の対戦を終え、寝巻き姿に変身を遂げて寝室に戻った。少し窮屈だが三人程度なら川の字に寝られる大きなベッドの上では、朱色の開襟シャツとズボンを纏っているアリアが仰向けで大の字に寝そべっている。畢竟、ベッドは既に占領されていた。
爵位の高い貴族に用意された最上階の寮部屋は、豪奢な屋敷の設備にだって劣らないだろう。しかし、ここは寮部屋だ。住み込む人間は一人だけなので、勿論ベッドも一つしかない。
(しょうがない、か……王族のアリアを下手な場所で寝かすわけにもいかないし……)
ロティは渋々とリビングに踵を返そうとしたところでアリアから声が掛かる。
「待って。ロティはわたしの隣で寝て」
「だめだよ。女の子と一緒に寝るのは恥ずかしいし、世間体も悪くなる」
「むぅ……今のわたしはロティの護衛。だから隣にいなきゃいけない。違う?」
「違くはない、けど……。でもやっぱり恥ずかしいよ」
「”隣に来て”」
「っ…………」
アリアの魔導、《絶対支配》の力がロティの深層意識を刈り取った。
ロティはおもむろにベッドに乗り込むと、アリアが差し出した腕に頭を置く。
「わたしの腕枕はどう?」
「どう、って聞かれても困るよ……魔導を使うのはずるい」
「ロティがもたもたしてるからいけないの。わたしの言う事は絶対」
そう言いながら、アリアはもう片方の腕をロティの身体に回して、彼を抱き締める。
「……っ〜〜、ちょ、ちょっと! や、やめてよ!」
「やーだ、やめてあげないもん。こうやってぎゅってしてたら、世界がわたしと一緒にロティも守ってくれるし、安全だよ?」
「ぼ、ボクの理性が安全じゃないんだよっ!」
ロティは息苦しい中、必死に言葉を紡ぎながら状況の打破を考える。
彼女を引き剥がそうと左腕に力を入れるが、ふにゅ、彼の頭部が柔らかい感触で包まれた。
「ロティのえっち」
「ち、ちがっ……むぐっ……」
アリアが抱き締める力を強めると、ロティは彼女の胸の中に埋もれてしまう。
衣服越しでも伝わる柔らかい弾力と身体の熱は、ロティの理性を簡単に崩壊させた。
「っ〜〜〜〜〜〜…………」
「あ、あれ、ロティ? 身体から力抜けてるけど? ね、ねぇ、どうしたの?」
ぷしゅ〜と蒸気を発するような音を立てて、ロティは気を失っていた。
***
次の休日。骨折した利き腕も完全に完治したロティは、アリアを引き連れて〈奈落の山岳〉に足を運んでいた。
来週末に開催される国王誕生祭で扱う素材集めの為、乃至は鈍った彫刻の勘を取り戻す為、二人は秘密裏に王都を抜け出している。表立って行動をすると、前回のように暗殺者に目を付けられる可能性があるからだ。今回エルシーを同席させなかったのは、アリアが少人数の方が護衛しやすいからという理由である。
そして現在、他国との領土を境目にするように隔たれた山岳の奈落道で、ロティは無我夢中で彫刻刀を振るっていた。まるで趣味を覚えた子供のように、楽しそうに斬撃を飛ばしている。
「これで十五体目っ!」
彼の視線の先では身体が真っ二つに切り裂かれ、魔物が灰と化していた。
この〈奈落の山岳〉では岩竜と呼び名が付けられるバルガモスが棲息している。呼び名の文字の如く、バルガモスは岩を象徴する竜種だ。赤金色の体表で覆われた四足歩行の岩竜からは、彫刻に打って付けのドロップアイテムを落とす。ロティはそれを目当てにバルガモスを殲滅していた。
「ロティ、早く帰ろうよ」
「まだまだこれからだよ。ドロップアイテムもまだ五つしか手に入ってないし」
「王都出る前は三つ落ちたら十分とか言ってたじゃん」
「そ、そうだっけ……?」
確かに言った記憶はあるが、ロティはわざとらしく惚けて見せた。
(今日は良くドロップするし、今やめるのは勿体ないよね)
そう画策するロティの心情など既に見抜いているアリアは盛大にため息をついて、付近の小岩に腰を下ろした。
「後三つ落ちても残るって言い出したら、わたし先に帰っちゃうから」
「わ、わかったよ!」
奈落道の奥方で新たにバルガモスを発見していたロティは、不機嫌な声音で発するアリアに慌てて二つ返事をする。
「……あれ? あのバルガモス、体表が透けてるような……?」
薄暗い奈落道に差し込む日光が、バルガモスの体表に当たって変に反射している。
透明に近しい色のバルガモスは彼の視線を気づいたのか、グオォッと雄叫びを上げた。
(――ラッキーだな、こんな所でも希少種と巡り合えるだなんて)
ロティは口角を上げて、双手に彫刻刀を持ち構えた。
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