第25話 バファロス

 粗方の作戦を練り終わったロティは、ゆっくりと王座の間を立ち去った。去り際、国王が愛する子を見守るような眼差しで「死ぬでないぞ」と優しく微笑んだ。ロティは「当たり前だ」と短く返事をする。妙に面映くなってしまったせいか、振り返らずに手を上げて王座の間を後にした彼だが、国王にどう思われてしまっただろうかと考えながら、ロティは赤い絨毯が長く敷かれた通路を歩んでいた。

 すると、曲がり角を左折したところで、後ろから聞き覚えのある声が掛かる。


「ロティ殿、もうお帰りになられるのですか?」


 バファロスは国王の珍妙なそれとは異なり、逞しい白髭を撫でながら登場した。


「うん、話も済んだしね。さっさと工房に戻って彫刻したいから」

「いやはや、これは恐れ入る。その作品作りに対する熱意も相変わらずですな」

「ボクに残されてるのは、彫刻刀を握ることだけだから」


 そう言って、ロティは《無限の領域》の鞄を、その中に仕舞い込んだ彫刻刀に視線を落とす。

 バファロスは彼の哀愁漂う顔を見つめて、かつてを懐古するように語り出した。


「ワタシも昔はロティ殿のように彫刻に励む日々を送っていたのですよ。……と言っても、ロティ殿と違い趣味の範囲ですが、時間を掛けて彫刻像を完成させる時の楽しみは今でも懐かしい思い出です。ロティ殿が彫刻に熱心なのも良く分かる」

「へぇ、バファロスさんも彫刻家だったんだ?」

「ええ、昔の話ですけどね」

「何で辞めちゃったの?」


 ロティは純粋な疑問をそのままバファロスにぶつけた。

 答えが返ってきたのは、五秒ほど間を置いた頃だった。


「……もう老いぼれなので。若い頃と違って、徹夜で彫刻を続けるほど体力が持たないのですよ。まだ若いロティ殿には解りかねるでしょうが」


 ははは、と乾いた笑いを漏らすバファロスの瞳は、少し陰っているように思えた。


「そんなもんかな? それより、ボクに何か用でもあった?」

「おっと、少しお喋りが過ぎましたね。国王と何を話していたのか気になったもので。あの方は聡明で勇気もあるが、どこか頼りないところがあります故、ワタシが支えにならなければと思い尋ねに来た次第なのですが」

「ああ、確かに分からなくはないかも……。でも、ごめんなさい。口にしないよう、国王に念押しされてるから、バファロスさんでも言えないや」

「ふむ、そうですか。それなら仕方がないというものです」


 バファロスはちょっぴり残念そうに口角を下げた。

(……まぁ、爺さんの《慧眼》で見定められたこの人なら話しても大丈夫だろうけど)

 と、ロティは密かに思う。だが約束は約束だ。一方的に約束を違えることは出来ない。


「それではロティ殿、これからも彫刻に精進なさってくだされ」

「もちろん」


 今日はどの素材を使おうか、などと頭の中に完成図を思い浮かべながら、ロティは寮に戻るのだった。

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