第19話 《絶対支配》

 アリアは苛立ちを纏わせながら、残り四人の覆面集団に舌鋒鋭く質問を投げた。


「二人をどこにやったの?」

「………………」


 先ほど〈転移〉の魔導を行使した覆面男は沈黙を貫いた。

(……このわたしを無視するなんて)

 ピキリと空気が割れるような音が鳴る。空気が、世界が彼女に感化され、アリアと同調するように暴走したのだ。しかし覆面集団は異変に勘付いていないのか、それとも気に留めていないのか動揺を陰に潜めている。


「答えないなら無理やり吐かせるから」


 吐き出すようにアリアが宣言すると、両刃の直剣を構え直した。

 彼女が愛用している【パシュパラストラ】は細身の刀身が黒く輝きを放っている。スカーレット家に代々伝わる超常的な業物だ。その切れ味は万物を尽く破壊するほど鋭利で、その耐久性は希少鉱石すら凌駕する。

 その為、アリアが【パシュパラストラ】を抜くことは――とある例外を除いて――滅多にない。


「ロティに手を出したこと、絶対に許さない」


 色鮮やかな黒い刃を向けられ、覆面男は獲物を握り直した。

 その刹那の隙を、アリアは見逃さない。


「”平伏して”」


 アリアの魔導、《絶対支配》が行使される。

 彼女の《絶対支配》は文字の如く、ありとあらゆる全てを支配する能力だ。

 アリアが対象を認識すること、対象に声が届くことが発動の条件である。聴覚を備えていない魔物が相手の場合は敵の深層意識に干渉出来ないが、人間ならば話は別だ。アリアは人間が相手ならほぼ無条件で一方的な虐殺が出来る。それ故に、彼女は世界最強の魔導使いと讃えられているのだ。

 だが――アリアの魔導は不発動に終わった。


「…………?」


 彼女は小首を傾げて、訝しげに覆面集団を睨んだ。

 ふと、敵の内一人が右指で自分の耳朶を指すと、覆面の下の口元を盛大に歪ませた。

(耳栓か何かで音をしてるんだ。そんな小細工でわたしを馬鹿にして……っ!)

 アリアが《絶対支配》で生物を操る場合、相手の聴覚から深層意識を支配しなければならない。詰め物で完全に音を遮断出来ないだろうが、彼女の支配力は著しく低下する。自我を強く保とうとすれば、支配に抵抗することは可能だ。過去にもそのような間に合わせをしてくる敵は何人かいた。

 …………それを悪手だと知らずに。


「わたしが支配出来るのは、人間や魔物だけじゃない」


 彼女の声は、世界に届く。

 彼女は、この空間すら味方に付ける。

 彼女は、世界に愛されているから。


「”切り刻め”」


 ――ビュンッ、ビュンッビュンッビュンッ!!

 次の瞬間、無数の突風が《転移》の魔導使いを八つ裂きにした。不可視の風の刃を回避する術はない。彼は両膝を折ると、ゆっくり前方に倒れていく。残り三人の覆面男は目を見開いて歯を擦り合わせた。


「……この化け物がッ」


 両手剣を携える大柄な覆面男が絶望を漏らした。

 地面が流血で変色するのを横目に、アリアはせせら笑いをしながら魔導を行使する。


「”風よ纏え”」


 アリアが言葉を放った途端、【パシュパラストラ】の黒い刀身に風が纏い付いた。不可視の風は黒い刀身の周りを高速で輪転し、徐々に吹き荒れていく。暴れるように成長した旋風は人の身など容易く切り裂いてしまうだろう。先刻の《転移》の魔導使いのように。


「”背中を押して”」


 空間がアリアと呼応するように揺れた。不自然な追い風がアリアの背中に発生する。彼女は世界の加護を得ると大地を蹴り、両手剣使いに目掛けて突き進んだ。人間の身体能力を大幅に上回る速度で敵の元まで到達し、乱雑に【パシュパラストラ】を振りかざす。

 覆面男はギリギリで両手剣を盾のように構えて防御を取るが、

 ――バリィィィィィィィンッ!!

 まるで飴細工を粉砕するように、覆面男の両手剣は粉々に散った。

 そのまま旋風に巻き込まれた覆面男は腕を千切られながら後方に吹き飛んでいく。


「そろそろ、二人をどこに転移させたのか、吐く気になった?」


 冷ややかな視線を向けながら、アリアは敵を見下した。

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