第18話 《念動力》

 ロティはふんと鼻を鳴らして、自分の左腕を見下す。

 徐々に痛みが限界まで迫ってきている。まともに戦えるのも残り数分といったところだ。骨折した左腕が激しく揺れる度に、ロティは歯を喰いしばっていた。

(だが、ナイフ使いを先にやれたのはラッキーだったな……)

 と、ロティは次の作戦を考える。ナイフ使いは残数が不明な以上、投げナイフが尽きるまで待つのは得策ではなかった。ロティが持つ〈無限の領域〉の鞄と同質の魔道具を所持していた場合、常に戦力として残るからだ。奇襲を警戒しながら近接戦闘を繰り返すのは精神的に負荷が掛かる。

 しかし、ナイフ使いを戦闘不能にさせた以上、後は近接メインの二人に集中するだけだ。

 そうロティが思考を回転させていると、片手剣使いが「クソッ」と吐き捨てて右手をかざした。


「《暗黒球》ッ!!」


 彼が魔導を行使する直前、長槍使いが何か声を発していたが、瞬く間に立ち広まった黒い霧によって阻害された。黒い霧は三人を包み込むように展開され、ロティの視界が真っ暗に遮断される。

(これが片手剣使いの能力か……目眩しと音の遮断をする黒い霧の展開。もしかしたら発動者は敵味方の位置を把握出来るのかも。でもこの霧なら……動かせるか?)

 ロティは瞑目し、黒い霧という存在に意識を研ぎ澄ませた。そして、彼も魔導を発動させる。


「《念動力》――ボクの意思に従え」


 彼が頭の中で想像したように念じると、球体状に展開された黒い霧が妖しげに揺れる。するとロティの脳内に敵の位置がぼんやりと浮かび上がってきた。そのまま彼は静かに後退して《暗黒球》の外に出る。

(敵の魔導を《念動力》で動かすなんて初めてやってみたけど、案外上手くいくもんだな)

 彼は胸内で驚嘆しながら、ほくそ笑んだ。ロティの《念動力》は一定以上の集中力と短い時間を要する為、直撃の攻撃魔導を動かすことは出来ないのだが、補助系の魔導には効果覿面らしい。

 普段彫刻像を動かすことしかしないロティは一つ学習したところで、《暗黒球》に封じ込めた敵二人に三角刀の斬撃を放った。


「喰らえ、喰らえ、喰らえッ――」


 動かない的を狙うようなものだと思いつつも、斬撃を連続で飛ばしていく。

 すると、しばらくして《暗黒球》の黒い霧が霧散した。霧の中から姿を現したのは複数箇所に傷を負った長槍使いと、斬り刻まれて倒れている片手剣使い。能力の制御権はロティにあったが、魔導自体は発動者が死亡または気絶すると解除されるらしい。

 致命傷になる斬撃を優先して弾いていたのか、頭部と胸部以外を血で染めた長槍使いは憎悪を孕ませた声で牽制する。


「ぐはッ……よくも、やってくれたな、小僧……」

「言っておくが、先に手を出してきたのはお前たちだ。やり返されても文句を言える立場ではないだろ」


 ロティは傲岸な態度で長槍使いを睨み付けた。


「確かに……それも、そうだな」


 案外物分かりの良い奴じゃないかと考えながら、ロティは気がかりな事を彼に尋ねた。


「お前を倒す前に、一つ聞いてもいいか?」

「……なんだ」

「ボクと一緒にいた空色の髪の女の子も《転移》させられていただろ? どこに飛ばされた?」

「…………ふん、冥途の飛脚に教えてやる。お前と同じくこの樹海の中に飛ばされたはずだ。だが、そっちにも四人の暗殺者が仕向けられてる。もう死体に成り変わってるだろうよ」

「……もういい。エルシーはお前の仲間みたいに弱くはない。さっさとお前を倒して助けに行くだけだ」

「……なら、続きを始めようか」


 会話を終えた二人は獲物を構え直して、再び対峙した。

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