第17話 常識だろう?

「……ッ」


 淡い光に包まれた次の瞬間、ロティは別の場所に移動させられていた。

 別の場所と言っても、どうやら樹海の中のようだが、沼地や大樹の並びが先ほどと若干異なっている。敵の〈転移〉魔導は現状から推察するに、物体あるいは生物を瞬間移動させる能力だろう。強力な能力の反面、飛ばす距離は短いのかもしれない。

(一刻も早くアリアと合流したいところだけど……)

 例え近い所に転移させられたとしても、四人の覆面男を相手取りながらアリアを探すのは厳しいだろう――と、ロティは敵を見据えた。エルシーも淡い光に包まれていたが、この場にはいない。恐らく、ロティやアリアとは別の場所に送られたのだろう。エルシーの代わりに、ロティの前には覆面の男が立ちはだかっていた。

(一緒に転移してきたんだろうけど、厄介だな……左腕が使えない上に、ゴーレム像も失ったばかりだし……)

 不幸な事に、〈無限の領域〉の鞄の中にはもう戦闘用の彫刻像が入っていない。

(せめてアリアが駆け付けてくれるまで時間稼ぎをしないといけないけど……)

 ロティは右腕と彫刻刀一本ずつで窮地を凌がなければならない。

 エント・ロードを討伐した時よりも、希少種スケルトンと戦った時よりも、生存の難易度は跳ね上がる。……いや、アリアは全く問題ないだろうが、エルシーの事も心配だ。彼女は腕に切り傷を負っている。もしも手負いの彼女に四人の暗殺者が同行していたとしたら――


「時間稼ぎとか、言ってる場合じゃないか」


 ロティは〈無限の領域〉の鞄から三角刀の彫刻刀を取り出す。使い勝手の良い平刀と切出し刀の彫刻刀は投げ捨てた後、希少種スケルトンに粉砕されてしまった。とは言え、人間が相手なら、むしろ三角刀の方が殺りやすい。

 左手をぶら下げながら、右手を構えると、命を奪う戦いが始まった。

 ロティの前で扇状に拡散してる覆面男は、内二人が片手剣を、一人が複数のナイフを、一人が長槍を携えている。

(……囲まれると厄介だな)

 敵の魔導が未知数な上に、多勢に無勢の状況だ。必ず一定の間隔を取りながら様子を見つつ、不意打ちで一人は戦闘不能に追い込みたいところだが、


「ッ――!?」


 突如、炎を纏った投げナイフがロティを襲う。短剣使いが放ったものだ。恐らく先刻の投げナイフも奴が仕掛けたものだろう。彼は思考を巡らせながら、強引に身体を捩って回避するが、炎が頬を掠めて軽い火傷をする。

 ロティが態勢を崩した隙に、二人の片手剣使いが彼の背後に回っていた。

(……連携も完璧か。あの短剣使いの魔導は炎を纏わせる、ってところだろうけど、ギリギリで避けると炎の餌食になるな……)

 彼はひりつく頬の痛みに耐えていると、長槍使いが声を発した。


「なかなかやるな、〈炎付与〉のナイフを躱すとは」

「おい、口を慎め」

「別にいいだろう。どうせ、お前の攻撃は見切られてるんだから」


 ナイフ使いが口を挟むが、長槍使いは鼻を鳴らして説伏を一蹴する。

(仲間割れ、というわけではないな。何方かと言えば、狩の前の前戯と言ったところか。しかし、此奴らの目的はなんだ? 王女のアリアを狙ってるのか――)

 もしくは、かつてロティの父親が殺害されたように、『王国彫刻師』の地位まで登り詰めた彼が目的なのか。いや、初手でロティを狙ってきた以上、後者である可能性の方が高いだろう。

 ロティは訝しげな顔で奴らを睨んだ。

(……考えてる余裕はないな。まずは此奴らを始末して拷問に掛ければいいか)

 と、ロティは戦闘に集中する。後ろを陣取る片手剣使いから片付けたいところだ。しかし誰か一人に敵対心を向ければその隙を突かれるだろう。後手に回る手法だけれども、先手を譲り、反撃に出るしかない。

 長槍使いとナイフ使いは強者特有のオーラを放っているが、幸いな事に、後方の二人はさほど手間を取らずに倒せそうである。勿論、片手剣使いもホギルなどでは足下にも及ばないだろうが、ロティの敵ではない。彼はわざと数歩だけ後退をして、片手剣使いを誘き寄せた。


「背中はガラ空きだな――」

「お前がな――」


 狙い通り襲い掛かってくる覆面男。彼が振り下ろした両刃の片手剣をひらりと避け、すれ違い様に彫刻刀で太腿の肉を直接削ぐ。鮮血を飛び散らせながら膝を着く覆面男の頭部を回し蹴りすると、彼は沼の地面を転がり飛んでいった。

(よし、まずは一人目だな)

 魔導を使わせる前に倒せたのは望外の結果だったが、これでより戦いやすくなった。

 とは言え、依然として多勢に無勢の状況に変わりはない。

 それに、派手に身体を動かしたせいで左腕の氷の膜は溶け消えている。我慢出来るほどの疼痛から、筆舌に尽くし難い痛みが増していく。早期決着が望ましいところだ。


「……嵌められやがって、馬鹿が」


 長槍使いが地面に唾を吐き捨てると、覆面の目穴から覗かせる瞳が鋭くなった。

(なるほどね、誘導したのもお見通しってわけか)

 恐らく、この長槍使いが武装集団のリーダー格であることは間違いないだろう。彼が放つ殺気は、他の二人よりも濃密で冷酷だ。魔物から向けられるそれとは全然違う。人間が放つ負の感情が織り交ぜられた殺気は、ロティの肌をひしひしと貫いた。


「おい、一斉に仕掛けるぞ」


 了解、という短い返事が前後から響く。

 残り一人の片手剣使いの魔導は未知数だが、片割れの様子から察するに対処は容易だろう。ナイフ使いも魔導の能力が分かっている以上、意識を切らさなければ別段問題はない。だが……、

 大身槍という大型の槍を構える覆面男だけは、満身創痍のロティには荷が重かった。穂の長い大身槍は刺突、斬撃の両機能を備えているが、重量があり使い熟すのは難しいのだ。それを軽々と持ち上げている覆面男の姿から、槍の名手であることは想像に容易い。


 前後に気を張り巡らせていると、次の刹那、炎を纏った投げナイフがロティを襲う。

 彼は余裕を持ってサイドステップすると、その先に長槍使いと片手剣使いが待ち構えていた。大身槍と直剣が左右から同時攻撃を仕掛けてくるが、ロティは咄嗟に地を這うように重心を落として回避する。

 そのまま片手剣使いの足を蹴り体勢を崩して、右の肘打ちを喰らわせた。一時的な硬直状態になった片手剣使いを横目に、ロティは長槍使いと距離を取る。しかしその先にナイフが投下され、それと同時に、


「シャアア――!!」


 呼吸を合わせた覆面男が長槍を振り下ろす。何とか投げナイフは避けたが、ロティの左腕に穂先が擦過した。微かな血液が漏れる感覚と共に激痛が奔る。


「……っ、三体一とか卑怯だろ」

「じゃあお前は魔物と戦う時、対等に一対一で殺し合うのか?」

「痛い所を突いてるようだけど、人と魔物は別だろッ――」


 折り返しで振り上げられた長槍を、ロティは彫刻刀の刃を当てて軌道を逸らした。


「ほう、そんな小道具で俺の槍を凌ぐとは」

「その小道具にお前らはやられるんだよッ」


 小回りの利く彫刻刀で肉を削りにいくと、長槍使いは後ろに跳躍して仕切り直しをする。

(お前が離れるのを待ってたんだよ――)

 ロティは悪い笑みを浮かべると、ナイフ使いに向けて遠距離斬撃を放った。

 しかし、斬撃はナイフ使いから六十度ほど逸れた角度に猛スピードで飛んでいく。


「ふん、とっておきの斬撃も外したか。まぁ来ると分かっていれば対処も簡単だが――」


 ナイフ使いの呆れた言葉は最後まで続かなかった。代わりに彼から苦しい呻き声が漏れる。


「どう、して……斬撃の軌道、が……」


 そう言い残して、ナイフ使いは倒れた。

 ロティが放った、途中で六十度曲がる斬撃によって、倒されたのだ。


「三角刀の斬撃が曲がるなんて、常識だろう?」


 残された敵二人はひっそりと息を呑むのだった。

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