第15話 希少種

 それから地下五階層まで進むと、アリアが痺れを切らしたように声を荒げた。


「まだ玉鋼は見つからないの!? もうかなり下まで降りてきたよ!? こんなジメジメした所に長居したくないのにっ!」


 まぁまぁと、ロティはアリアを懸命に宥めた。普段の彼女は冷静沈着で平静を崩すことがないのだが、今は相当機嫌を損ねているらしく、激しく怒り狂っている。今にもロティに当たり散らかしそう――


「痛っ――!?」


 当たり散らかされたロティは悲鳴を上げた。

 彼は負傷した腕を摩りながら、アリアに無難な言葉を投げて落ち着かせる。

(でも確かに、全然見つからないな……)

 と、ロティは胸内で不安が生じる。玉鋼は洋燈の明かりに反射して発見しやすいので、途中で見落としていることもないだろう。考えられる可能性は、既に全ての玉鋼を採掘されてしまった、ということくらいだ。

 仕入れた情報では、〈死者の祠〉は全五階層で構築されている為、この階層を探し回って見つからなければ完全に無駄足ということになる。その上、大量に葬ってきたスケルトンのドロップアイテムすら手に入っていない。もし成果が無ければ、アリアの怒りは頂点まで達し、漏れなくロティは全身に大怪我を負う羽目になるだろう。


「きっとこの奥にあるはずだから……あるはず……」


 ロティは心を砕いて、自分に言い聞かせるようにそう言う。


「……なんだか、奥に進めば進むほど、不気味な雰囲気が色濃く漂ってきますね」

「不気味な雰囲気?」

「エル、どういうこと?」


 ロティとアリアは、エルシーに同時に質問を送る。

 ちなみに、「エル」とは、アリアがエルシーに付けた愛称だ。


「私、小さい頃から感覚が鋭敏な体質なんです。そのせいで視線や敵意を感じ取れるんですけど、どうにも肌を突き刺すような、不気味な雰囲気がこの奥から漂ってくるんです」


 エルシーが怯懦を顕にして、通路の奥をじーっと見つめる。


「多分ですけど、この奥に、とてつもなく強大な何かがいます」

「強大な何か……それは魔物、ってことでいい?」

「はい、そうだと思います」


 ロティは顎に手を添えて、考え込んだ。

(探索も残すはこの奥だけだし……ここまで来て引き返すのは……)

 彼は魔物とアリアを天秤に掛けて、どちらが怖いか自問自答した。答えは皆まで言わずともわかるだろう。それに最悪、死ぬ場面に直結してもアリアが助けてくれるはずだ。


「行こう。ボクたちなら大丈夫だよ」


 彼女たちは静かに頷くと、三人は通路を進んで行った。




***




〈死者の祠〉の最深部は、巨大な空洞になっていた。

 そしてロティとエルシーは、事前に仕入れた情報にないソレを見上げて、立ち竦んだ。


「希少種が居るだなんて、聞いてない……」

「流石にこれはちょっと不味いかもしれませんね……」


 最後に待ち構えていたソレは、超巨大なスケルトンだった。

 希少種――通常種よりも巨大な魔物だったり、特別な魔導を有する魔物のことを指す。

 三人の前に立ちはだかるのは、前者の希少種である。

 その体軀は、見上げると首が痛くなるほど大きい。スケルトンの頭部は時折天井に当たり、岩砂が降ってくる。腕部や脚部の骨は逞しいと感じるほど太いし、赤い核を覆っている骨壁は傷を付けられるかすら怪しい。

 先ほど邂逅したスケルトン・ロードが赤子のように思える。

(あれを削るのは、骨が折れそうだ……)

 ロティは今すぐ回れ右をして帰路に立ちたいとさえ思った。

 しかし、希少種スケルトンは空洞の目元をこちらに向けている。簡単に逃してはくれないだろう。


「アリアも参戦してくれないかな?」

「やだ。わたし洋燈持ってるし」

「それならボクが洋燈を持つから」

「やだ」


 ロティは大きなため息を吐いた。

(ん……あれは……?)

 彼は視界の端に転がり落ちている物を見て、後悔した。

 煤けた人骨と、潰れた甲冑、折れた剣。

 どうやら魔物管理局が開示していた情報に希少種の存在が記載されていなかったのは、〈死者の祠〉の最深部に足を踏み入れた者が誰一人として帰還していなかったからだろう。

 ロティはいよいよ、自分の置かれた立場を理解した。

 この希少種が、幾度となく体験した死際の戦いを、軽々と超えてくる存在ということを。

 彼は右手に平刀の彫刻刀を、左手に切出し刀の彫刻刀を持つ。


「……彫刻をしながら死を迎えたかったな」

「ロティさん縁起でもないこと言わないでくださいよっ!」

「冗談だよ、エルシーのことは守り抜くから安心して」

「冗談に聞こえないですけど! それなら私もロティさんをしっかりとお守りします!」


 エルシーは【アルマス】を構えて叫ぶと、それが合図となり戦闘は開始した。

 希少種スケルトンは右腕を出鱈目に薙いだ。土埃を舞わせながら巨腕が襲ってくる。三人は宙に跳び回避した。アリアはそのまま後ろに撤退して、退屈そうに欠伸を噛み殺している。

(…………あの調子なら、まぁ大丈夫か)

 と、ロティは冷静さを少し取り戻した。アリアは泰然と余裕の面構えを見せている。この希少種ですら、彼女の敵ではないようだ。

 それに、希少種と初めて戦う彼の中に、無駄な焦りがあったことは否めない。

 ロティは小さく深呼吸をして、希少種スケルトンに平刀の斬撃を放つ。


「喰らえ――ッ!!」


 高速の斬撃が、希少種スケルトンの胸部に命中する。

 ただし、多少は抉れたものの、削り落とすまではいかない。


「……嘘だろ、ボクの斬撃が」


 ロティは思わず息を呑んだ。確かに同種の魔物を統率するロード級であれば、一撃で斃せないことも何度かあったが、それでも大きな損傷は与えられた。だが、この希少種スケルトンは平然と口骨を動かして嗤っている。

 ――ガラガラガラッ!!

 希少種スケルトンは骨を軋ませると、赤い核が強く発光した。それと呼応するように死者の遺骨が吸い寄せられ、希少種スケルトンと合体する。ロティが抉った傷は瞬く間に回復してしまった。

(こいつ、魔導の使い方が上手い……っ)

 何十、何百と人間を葬ってきたのだろう。長い年月と戦いを重ねて、希少種スケルトンは技を磨いてきた。攻撃力、耐久性、技の駆け引き、どれを取っても希少種スケルトンにロティは劣っている。

(……ゴーレム像を出したところで、時間稼ぎにもならないだろうな。すぐ粉々にされるのが落ちか)

 しかし、こと時間稼ぎに関しては、誰よりも優秀なエルシーがいる。

 ロティは声を張って、彼と延長線上に離れている彼女に助力を求めた。


「エルシー! ボクが赤い核ごと骨を削る! その間、氷で動きを止めておいて!」

「わ、わかりましたっ!」


 エルシーは【アルマス】を指揮杖のように振りかざし、魔導を発動させた。


「氷よ、吹き荒れろ――!!」


 彼女の短剣の先から、膨大な氷が吹き荒れる。

 狙い定められた関節と脚部が氷漬けになると、希少種スケルトンは動作を封じ込められた。だが、拘束時間は短いだろう。氷が破壊される前に、討つ。

 最大まで神経を研ぎ澄ませて、最高精度の斬撃を――


「これが、ボクの、全力だ――ッ!!」


 右手の平刀から真っ直ぐの斬撃を、左手の切出し刀から鋭い突きの斬撃を。

 右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、連続で何度も何度も何度も繰り出していく。

 それは憤怒に身を任せてホギルに放った斬撃よりも、エント・ロードを討伐した時よりも、速く鋭い斬撃だ。希少種スケルトンの骨壁が一つ、二つと崩れていった。そして、最後の骨の壁まで斬撃が到達すると、

(これならいける――ッ!!)

 ロティは自分が新たなステージに登ったことを、確信した。いや、過信した。


「……っ、ロティさん、氷が壊されますっ!」


 エルシーが声を発すると同時に、氷の拘束が解かれた。

 希少種スケルトンは咄嗟に左腕で赤い核を守り、怒りに任せたように右腕を振り抜いてくる。

 ――ガラガラガラガラガラッッッ!!

 骨の軋む音が豪快に響き、ロティは気圧されて対処が遅れた。


「やば――っ」


 彼は無意識に彫刻刀を投げ捨て、《無限の領域》の鞄からゴーレム像を取り出し、それを盾にした。だが、彫刻像は骨の腕に打ち壊され、ロティも岩の外壁まで薙ぎ払われる。


「ぐはッ…………」


 全身が岩壁に打ち付けられ、身体に強い痛覚が奔る。

 ロティは鈍い音を立てて地面に落ちた。歯を喰いしばって立ち上がり、痺れたように感覚を失った左腕を俯瞰する。爪の先から血がポトリと垂れた。

(……左腕一本で済んだのは運が良かった)

 彼の勘が先行した防御方法だったが、限りなく正解に近い行動と言えるだろう。もしゴーレム像が威力を抑えていなければ、全身骨折どころか、身体が引き千切れていたかもしれない。


「ロティさん……応急処置ですけど、氷で冷却しておきますね」

「……っ、ありがとう」


 エルシーが駆け付けてくると、ロティの左腕に薄い氷の膜を巻いた。

 応用力の高い魔導だ、と関心しながら、ロティは《無限の領域》の鞄から新たな彫刻刀を取り出した。戦闘用の彫刻刀とはいえ、二本も投げ捨てたのは心が痛むが、緊急時に構ってはいられない。

 再び、希少種スケルトンと対峙をする。

 先刻と同様に、希少種スケルトンは骨口を動かして嗤っていた。

 まるで、弱者を見下すように。

 ロティは彫刻刀をグッと握り締めると、肩をぽんと叩かれた。


「ロティはもう限界でしょ。大人しくしてて」

「アリア……」


 彼が背後に振り向くと、優しく微笑みかけるアリアがいた。

 しかし、微笑んでいるのは口元だけだ。彼女の朱色の瞳は、別の何かで染まっていった。


「洋燈だけ持ってて」

「う、うん、わかったよ」


 ロティは彼女の代わりに洋燈を持つと、アリアが前に出た。

 今度は彼女が、弱者を見下すように目元を細めて嗤い、小さく息を吸い、吐き出すと、


「――”吹き飛べ”」


 竜巻もかくやという突風が吹き荒れた。

 自然災害すら超越する突風は、希少種スケルトンを簡単に貫き、崩壊させる。

 赤い核は骨と共に四散し、灰が舞った。


「……す、凄い」


 エルシーがボソリと声を漏らした。


「これくらい普通だもん。それに、ロティも気を抜きすぎ。急所を見極めて関節部分から削っていけば、合体が間に合わなくなって斃せたはず」

「……そんなこと言わず、アリアも最初から手伝ってくれればよかったのに」

「ふん、わたしだってロティがやられると思わなかったの!」

「アリアはボクのことを過大評価しすぎなんだよ……」


 ロティは痛む腕を見下ろしながら、出来る限りの反抗をする。

 それから、彼は顎をくいっと動かして、二人の視線を促した。


「あのドロップアイテム、どうする?」


 視線の先には、希少種スケルトンが灰に還る際に落とした、人間サイズの真っ白な骨がある。斃したのはアリアなので、順当にいけば所有権は彼女にあるだろう。ロティは《無限の領域》の鞄に入れて、持ち帰るのを手伝おうかと提案すると、


「わたしは要らないからロティにあげる。エルもいいよね?」

「は、はいっ、私が持っていてもどうしようもありませんし!」

「だってさ。良かったね、ロティ」

「……うん、ありがとう。嬉しいよ」


 最終的な所有権がロティに渡ると、彼は口元を綻ばせた。

 それから最深部の中を探し回り、どうにか玉鋼を見つけたロティたちは、


「ふふっ、それじゃあ帰りましょうか」

「そうだね」


 来た道を戻り、〈死者の祠〉を出た。

 やはり最後に掉尾を飾るのは、王女であるアリアだった。

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