第14話 魔物
魔物とは、人間以外に魔導を有する生命体を総じた名称だ。
大型の蟻、獰猛な獣、蠢く大樹、最高種族の竜、神話の生物。
様々な魔物が蔓延る世界だが、古今東西、変わることのない事象がある。
魔物は、人類を襲うのだ。
奴らは街を襲い、村を滅ぼし、我が物顔で大地を闊歩し、人間を殺す。
何故、人類と魔物に魔導が授けられたのか。何故、魔物は人類を襲うのか。
長年、議論は重ねられてきたが、未だに魔導の正体については暴かれていない。ただ、学者がこんな一説を唱えたことがある。魔導を持つ魔物は、同じく魔導を有する人間に引き寄せられる、という仮説だ。
さて、それが正しいか否かはさて置き、仮説のように三人の前には魔物が現れていた。
「早速お出ましか。ここはボクがやるよ」
ロティは先頭を立ち、《無限の領域》の鞄から彫刻刀を取り出す。
相手はガタガタガタと骨を軋ませるスケルトン一体のみ。
(骨型の魔物は初めて見たけど、意外と丈夫そう……あれなら素材としても……)
と、彼は相も変わらず彫刻のことを頭に浮かべながら、スケルトンを見据えた。
人型の骨組みをしたスケルトンは、骨の棍棒を握り締めて、カラカラと笑うように身体を軋ませている。スケルトンの背丈は平均的な男性程あり、動きは鈍そうだが、反して力は強そうだ。
そして、人間の心臓の位置に、赤い核が分厚い骨で守られている。スケルトンの魔導は《合体》であり、あの赤い核が骨を組み合わせて人型の成りを形成するのだ。つまり、スケルトンは赤い核を破壊することで討伐出来る。
「硬そうだけど、ボクなら削れる」
ロティは余裕綽々と断言し、躊躇なく平刀の刃を振るった。
スケルトン目掛けて高速の斬撃が飛んでいく。骨の足取りでは回避など到底不可能だ。鋭い斬撃は赤い核を、分厚い骨の外壁ごと切断した。
スケルトンは骨諸共、灰に還って崩れ落ちる。
(ドロップアイテムは、無いか……)
魔物は斃されると灰に帰す。その際、魔物の爪や牙などのアイテムをドロップすることが稀にあるのだが、今回は収穫無しのようだ。
「流石ロティさんですね。私やアリア様がいなくとも余裕そうです」
エルシーが苦笑いをして褒め言葉を投げてくる。
「ありがとう。でも、これからが本番だよ。今回は一体だから良かったけど、魔物の群れに遭遇するかもしれないし」
「ロティはポンコツだから一人にすると危険」
「ボクはポンコツじゃない」
「ううん、ポンコツだしあんぽんたんだもん」
「あ、あはは……アリア様はロティさんに手厳しいですね……」
ロティとアリアは丁々発止を繰り広げながら、湿気と仄暗さに包まれた洞窟を進んでいく。
アリアが洋燈を手に暗闇を照らしている。戦闘員のロティとエルシーは彼女を間に挟んで、横並びの陣を組みながら一つ下の階層に潜った。階下に入るまで魔物に遭遇することなく、順調に足を運んでいたが、
「現れましたね。次は私がやります」
穏やかな静寂はそこで終わった。
エルシーが前に出ると、【アルマス】を鞘から抜き放つ。
彼女と敵対するのは、五体のスケルトンだ。内二体は骨の棍棒を手にしている。しかし、他の三体は錆びた長剣を所持していた。恐らく、〈死者の祠〉内で魔物に殺された人の遺品だろう。
先刻、ロティが討伐した際とは訳が違う。単純に数が多いし、此奴らが人間を殺したのなら、その戦闘能力は先のスケルトンを上回るはずだ。ロティは念の為、彫刻刀を取り出してエルシーに声を掛けた。
「ボクも手伝おうか?」
「いえ、問題ありません。ロティさんはゆっくりしていてください」
「……わかったよ」
最悪の場合、ここから斬撃を飛ばせば大事にはならないだろう。
ロティはそう思い、エルシーの戦いを観戦することにした。
彼女は空色の短剣を逆手に持ち構えると、一体のスケルトンが襲いかかってくる。
スケルトンは長剣を振り下ろすが、エルシーは逆手持ちした短剣で綺麗に受け流し、刺突を繰り出す。
――ガッキィィィィン!!
美しい短剣の刃と、幾重にも重なる骨障壁がぶつかり合う。だが、核を破壊するには至らない。
「まだまだ、ですっ……!」
彼女は自分の腕力では破壊出来ないと悟っていたのか、更に追撃を穿った。
三撃目の刺突でスケルトンの赤い核はボロボロに砕け、灰に還る。
「まずは一体目です……!」
エルシーは敵陣に飛び込むと、次は二体のスケルトンが獲物を振りかざしてくる。
「……凍つけ」
彼女が小さな口からぼやかれた、次の瞬間、地面から氷の蔦が生えた。
氷の蔦は瞬く間に成長すると二つの獲物に巻き付き、動きを停止させる。スケルトンは唖然と骨を軋ませた。エルシーは瞬時に刺突の連続攻撃を放ち、二体が灰と化して消滅する。
冷気が漂い、エルシーの吐く息を白くした。残りは二体だ。
(あれがエルシーの魔導……氷を生み出す能力、か……)
ロティの表情は驚愕に染められた。他人に関心のないアリアも、珍しく「ふーん」と興味を示しているのだ。ロティの反応は至極当然の物だろう。
氷を創造する能力は希少性が高い。それ故、史上に名を残す偉人の中に、氷を創造する魔導の持ち主は必ずいた。ロティの記憶では、『賢者』や『魔女』と称された偉人が氷の使い手だったはずだ。
「咲き誇れ」
エルシーが再び氷を形成し、二つの薔薇の花を咲かせた。
薔薇は氷の花弁を吹き飛ばし、スケルトンに被弾させる。骨は斬り裂かれ、足下は氷漬けになり、赤い核が剥き出しになった。凍つき身動きが取れなくなったスケルトン。その隙に、彼女は赤い核を破壊する。
五体のスケルトンが、あっという間に消滅した。
「お待たせしましたっ!」
彼女は【アルマス】を鞘に納めると、優しく微笑みながら二人の元に戻る。
「おかえり。ホギルなんか目じゃ無いくらい強いんだね」
「えへへ、ありがとうございます。でも、ホギルさんなんかと比べられるのはちょっと癪です」
エルシーは両手を腰に当てて、ほんのり赤味のかかった頬を膨らませる。
「ご、ごめん……? でもボクが比較出来る対象って、アリアかホギルくらいしかいないから」
「確かにアリア様と比べられるのは困ります……」
「わたしが常人から外れてるみたいな言い方しないで」
「でもアリア、実際に化け物みたいな強さだし」
「……っ〜〜、ろ、ロティはすぐにそうやって! あんぽんたんっ!」
アリアがペシペシと彼の肩を叩いた。
「……ロティさんは相変わらずですね」
「どうしてエルシーまで不貞腐れてるのさ」
「どうしてでしょう? それはロティさんが自分で考えてください」
ロティは「むぐぅ……」と押し黙った。それから、彼は腕を擦り合わせる。
「……なんだか寒くない?」
「……き、気のせいじゃないですかね?」
エルシーは誤魔化すように、二人の背中を押して先に進んだ。
冬季の寒さを引っ張ってきたのは、どうやら彼女の魔導の余波らしい。
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