第11話 蛇に睨まれた蛙

 ホギルの一件から数日後、贔屓にしている武器屋にて。


「……素材が足りないから、ボクに取ってこいと?」

「しょうがねぇだろ、市場に出回ってなかったんだからよ。誰かが売りに出すのを待ってたら、いつまで経ってもオーダーメイドされた武器が完成しねぇよ」


 店主が頬をポリポリと掻きながら、渋面で頼み込んでくる。

(どうして物を作る職人というのは待つことが出来ないんだ……)

 ロティは自分の事を棚に上げて、そう思った。


「……それで、どの素材を持ってくればいいんだよ」

「少し言いにくいんだがな……、〈死者の祠〉の最下層に向かって玉鋼を採掘して欲しいんだよ」

「………………」


 ロティは呆れ果てて言葉が出なかった。

〈死者の祠〉と言えば、不死者の魔物が闊歩する洞窟だ。優秀な魔導騎士を掻き集めた小隊でようやく踏破可能と耳にする。間違えても一介の学徒如きが足を踏み入れていい場所ではない。自殺をしてこいと言っているようなものだ。

 だが、この店主は何を考えているのか、


「ロティなら、まぁ何とかなるだろ」


 あっけらかんと、そう言い放った。

 確かにロティの実力は優秀な魔導騎士で構成された小隊規模と同程度かもしれないが、訪れたこともない場所に一人で乗り込むほど馬鹿ではない。常識知らずの彼でも、流石にそれくらいの知識はあった。


「自分で言うのもなんだけど、ボクは『王国彫刻師』なんだよ? もしもボクに何かあれば、おっさんの体面が危うくなると思うけど」

「体面なんか知ったことかよ。俺は武器を作れればそれでいい。それにせっかく非緋色金が手に入ったから、お前さんのオーダーメイドに使ってやろうと思ったんだけどなぁ?」

「……非緋色金を入手したって、本当なのか?」

「ああ、俺のコネクションを舐めるんじゃねぇ。ただ非緋色金を調合出来る金属は玉鋼くらいしかねぇからなぁ。ロティが採掘して来てくれないのなら、ランクを落として適当な素材で作ってもいいんだが?」


 店主はしてやったと言わんばかりに悪い笑みを浮かべる。

 ロティは採掘を辞退するつもりだったが、非緋色金を交渉の材料にされた途端、彼の確固たる心情が簡単に揺らいだ。最上級金属の非緋色金と玉鋼を織り交ぜた武具は超一級品として扱われることを、同じ系統の職業に携わるロティは認知していた。

 しかし、玉鋼を採掘しに行くということは、それすなわち自ら薄氷を履みに行くということで、


「わかったよ……今度の休みに取りに行ってくる」

「それでこそロティだ」


 ロティは世界最強の魔導使いに同行を頼むことにした。





 講義を終え、休憩時間に差し掛かると、ロティはアリアに相談を持ち掛けた。


「――というわけなんだ。〈死者の祠〉に採掘しに行くのを手伝ってくれないかな?」

「やだ」

「この通り」

「やだ」


 ロティは手合わせをしながら頭を下げるも、横に座るアリアはにべもなく即拒否をした。


「頼むよ、アリアがいないと危険なんだ」

「ふん、わたしがいなくたって〈死者の祠〉に蔓延るスケルトンくらい倒せるでしょ」

「でも魔物の数が多いって聞くし……」

「どれだけ頼み込まれても付いて行ってあげないもん」


 彼女はプイッと外方を向いてしまう。

(……弱ったな。引き受けた以上、最悪一人で何とかしないと……)

 ロティは神妙な顔で考え込んでいると、ふと、前の席に腰掛けるエルシーがこちらに身体を向けた。


「あの、お困りでした私がお手伝いしましょうか……?」

「エルシーが? とても危険な所だよ?」

「大丈夫です、ロティさんの足を引っ張るような真似はしません。それに、この前も言ったじゃないですか。私にも手伝える事があれば教えてください、って!」

「そ、そうだったね……」


 ロティはエルシーの語調の強さに戸惑いながらも、彼女が自分の大ファンだと口にしていたことを思い出す。しかしなるほど、人手は多いに越したことはないし、彼女がロティの戦闘を目の当たりにして尚、足手まといにならないと宣言するのであれば、実力もかなりの期待が出来るだろう。

(こんな事になるのなら、実技講義も受けておけばよかったな)

 ここ数日の内に戦闘訓練はあったのだが、ロティは面倒になって抜け出していた。彼がエルシーの実力を知らないのはそれが理由だ。ちなみに、アリアにこっぴどく叱られたのはまた別の話である。


「それじゃあエルシーに同行を頼んでもいいかな?」

「はいっ、任せてくださいっ!♪」


 エルシーは腰ベルトに掛けた【アルマス】の鞘を撫でながら、にこやかに答える。

 彼女の他に彫刻像も合わせて戦えば、敵の頭数が多くとも対処出来そうだ。もっとも、彫刻像を出現させるのは〈死者の祠〉内部が広域であればの話だが。中が手狭なら、それはそれで一度に相手する数が少なくなるので、まぁ何とかなるだろう。


「……わたしも行く」


 と、口先を尖らせながら、真横にいるアリアが呟いた。


「え? アリアは行かないんじゃ……?」

「う、うるさい! 行くったら行くの! 文句ある!?」

「い、いや、ないけど……むしろ願ったり叶ったりというか、助かるよ……?」


 今度はアリアの語調の強さに戸惑いを覚えるロティ。

 先刻まで不義理な態度を取っていたアリアは、小声で不安を漏らした。


「二人きりだと、何があるかわからないもん……ふん……」

「流石に死ぬようなことはないと思うけど」

「そういうことじゃないの! ロティのあんぽんたん!」

「そういうことじゃないのか……?」

「あはは、ロティさんは相変わらずですね」


 エルシーはアリアに賛同するように苦笑した。

 三人は昼食を共に取るようになり、彼女たちは密かに親睦を深めている。依然としてロティの横の特等席はアリアと席順は変わり映えないが、彼女はエルシーにも少しづつ心を許しているようだ。


「最近、アリアにあんぽんたんって言われる回数が増えた気がする……」

「それはロティがあんぽんたんだからでしょ」

「……理不尽だ」


 彼は嘆息を吐き出すと、黒色の瞳をとある人物に向ける。

 ロティに喧嘩を吹っ掛けてきたホギルは、蛇に睨まれた蛙のようにすっかり大人しくなっていた。戦いの最後に憎まれ口さえ叩いていた彼が、次の日には別人のように様変わりしていたのだ。

 すれ違う度に萎縮するホギルのことをロティは憐憫に思うが、実は横にいるアリアに怯えていることなど、今の彼には与り知らぬことである。

(まぁ、悶着が収まったのなら一件落着、か……)

 しかし、そんなホギルが耳を欹てて、三人の会話を盗み聞きしてことを――ロティらは後になって気づかされるのだった。

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