第9話 これがボクの魔導
「ま、魔導じゃないなんて、そんなことあるはずないだろぉ!? ただの彫刻刀を振るったくらいで斬撃が飛ばせるもんかぁ!!」
「彫刻刀から斬撃を飛ばすのなんて、常識だろう?」
「そんな常識があってたまるもんかぁ! それなら君の魔導を見せてみたまえよぉ!」
ロティが放った言葉を受け止めず、気を動転させて反論するホギル。
怒髪天を衝くホギルは、致命的なまでに思考力が足りていないらしい。ロティは哀れな奴だと思うが、それはそれ、これはこれだ。自分の技術を魔導の一言で片付けるホギルを許すわけにはいくまい。
「ああ、ボクの魔導を披露してやるさ。降参すればよかったものを、つまらない意地を張って、ボクの技まで愚弄して、ただで済むと思うなよ?」
「っ……そ、そんな脅しが通用するもんかぁ!」
(……慈悲をくれてやるまでもない。二度と舐めた口を聞けないようにしてやる)
目付きが鋭くなるロティは、空いている手で《無限の領域》の鞄の中からゴーレムを模した彫刻像を取り出した。
彫刻像が地に足を付けると、その重量に地面が揺れる。四肢を持つ人型のゴーレム像の瞳が紅く煌くと、ホギルは射竦められたように膝を震わせた。
「な、なんだそれはぁ……!?」
「神話に出てくる、古代遺跡を守護するゴーレムを模して作った彫刻像だよ」
「そ、それは見ればわかる! 僕様はどうして――ただの彫刻像が手足を動かしてるんだと聞いてるんだぁ!」
ホギルは指を指して、動揺の色を強く顔に浮かべていた。
その指先には、漆黒色のゴーレム像が封印から目覚めたかのように、四肢を動かしている。
「これがボクの魔導、《念動力》だよ」
「ね、念動力だとぉ……!?」
「自分の意思で物体を自在に操ることが出来る能力さ」
「物体を動かせたとしても、彫刻像が人間みたいに動いてる理由にはならないだろぉ!?」
「ふん、もっと良く目を凝らしてみるんだな」
ホギルは目を細めてゴーレム像を観察する。そしてようやく、彼はその彫刻像がただの彫刻像ではないことに気づいた。
彫刻像が関節を持つように肩や肘膝を器用に曲げているのは、その付け根を切断して、方向性を変えられる結合パーツを付け加えてあるから。上下半身の区切り目で上体を回転させているのは、半分に切り落として、回転パーツを付け加えてあるから。どの方角でも自由に行き来しているのは、脚部に多数の回転車輪を付け加えてあるから。
エント・ロードの漆黒の素材は勿論のこと、各種パーツも上位金属を加工した物なので、多少無理に動かしても破損の心配はない。
さらにロティの魔導、《念動力》でパーツ部分を回転させれば、神話のゴーレムのように、人間を超越するように、彫刻像を動かすことが可能というわけだ。そして人間を三回りほど上回る巨体のゴーレム像は――殺戮を尽くす兵器となる。
「ボクは泣いて土下座しても許してやらないからな」
「う、煩い煩いっ! そんな彫刻像如きに僕様が負けるなんてあり得ないのだぁ!」
ホギルは両手剣を地面に突き刺すと、両手を掲げて岩石を生成する。
その大きさは先ほどの比ではない。人一人分程の岩石を作り上げると、ホギルはそれを放った。
重さに反比例するのか投石速度は落ちている。しかし、ロティは彫刻像に回避行動を取らせない。いや、取らせる必要がなかった。巨大な岩石はゴーレム像に直撃すると――
「っ……む、無傷ぅ!? 僕様の渾身の一撃が無傷だとぉ!?」
「この彫刻像はエント・ロードの素材を使ってるんだ。魔導騎士を目指してるのなら、エント・ロードの耐久性くらい知ってるよね。そんな石ころを幾つぶつけようが意味はないよ」
「い、石ころだってぇ……!?」
ホギルは歯噛みして目くじらを立てる。
例え彼が優秀な学徒だとしても、それは魔導学園内での話だ。入学したばかりの一介の学徒に過ぎないホギルでは、エント・ロードを討伐するどころか、かすり傷一つだって付けられないだろう。
「今度はボクの番だ」
「ひぃっ……」
ロティは彫刻刀を指揮棒のように振りかざすと、ゴーレム像が巨体を動かした。
念動力で車輪を走らせると猛獣の如き速さでホギルの元まで到達する。ゴーレム像が巨腕を振り下ろすと、彼は危うげにそれを回避した。
「っ……」
巨腕が振り下ろされた地面には、直径三メトルほどのクレーターが出来ている。
ホギルが顔を真っ青にして息を詰まらせた。ロティも加減を弁えたつもりだが、良質な素材を使っている分、威力が底上げされているらしい。
(これは嬉しい誤算だな……!)
神話生物マニアのロティは自作のゴーレム像の完成度に驚きつつも、更に攻撃を繰り出した。
ゴーレム像の腕を水平に広げさせ、上体を高速で回転させながらホギル目掛けて突進させる。
ホギルは一目散に逃走を図るが、逃げきれないと判断したのか、両手剣を盾のように構えた。
――ガッキイィィィィィィィィン!
刹那、ホギルの両手剣が粉々に粉砕される。
遠心力が乗せられた巨腕は、物の見事に武器破壊をこなして見せた。
「あ、あぁぁ!? 僕様の武器がぁぁぁぁ!?」
「これでお終いだな」
ロティは邪悪に微笑みながら、ゴーレム像を動かした。
彫刻像の巨腕を振り抜かせると、ホギルの腹部に直撃する。
彼は爆発に巻き込まれたかのように、外壁まで殴り飛ばされた。さながら空気抵抗を無視するような一撃だ。ホギルは大音を響かせて外壁に衝突すると、力を失ったように地に落ちる。
(……骨の二、三本は砕けたかな。まぁいいか、それよりも――)
「ボクの勝ちでいいよね? 先生、アリア」
「……は、はい。誰か医務室に行って教師を呼んできてください。それと回復系統の魔導を使える方がいれば、私の元に集まってください」
女教師は驚愕しながら、しかし自分の役目を忘れずに他の学徒へ指示を出していく。
アリアはぷくーっと頬を膨らませて、手を腰に付けていた。
(……やり過ぎだよ、って怒られそうだな)
その前に謝っておこうと、ロティが足を踏み出したその時、
「こ、のぉ……彫刻家風情、がぁ……下らない愚像を、作ることしか脳のない、下民がぁ……」
背後から、ホギルの憎々しい声が殷々と響いた。
(……下らない、愚像、だと?)
ロティの中で、プツリと何かが切れた。
彼は背後に振り返ると、同時に手にしたままの彫刻刀で空を薙いだ。
――ビュンッッッ!!
(しまった、殺してしまう――)
ロティはやってしまったと頭の中で後悔した。
その斬撃は希少鉱石すら削り切ってしまう鋭さだ。
そして高速の斬撃は、アリアが魔導を発動する前にホギルを削り切るだろう。
ロティは握り拳にギュッと力を入れると――
飛ばした斬撃とホギルの間に、仮面を被った少年が割り込んだ。
次の瞬間、仮面の少年は手にしていた長剣で斬撃を打ち消した。
「危なかったね」
仮面の少年がロティを優しく諭す。
ロティは何も言葉が出ず、後方にいるホギルに視線を移すと、彼はとっくに気絶していた。
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