第8話 ただの技術だ

 ロティとホギルを囲むようにして残りの学徒は戦いを見物している。

 万が一の事態に備えて、女教師とアリアは審判を務めていた。腕が斬り飛ばされるような攻撃があったとしても、アリアが魔導を発動させれば最悪の事態にはならないだろう。


 ロティは安心して、対峙しているホギルを値踏みするように見つめる。

 デジとは真逆な平均以上の背丈に、逞しい筋肉の盛り、気迫鋭い雰囲気。場違いに息巻く度胸と、不愉快な語調を除けば、特に欠点らしい欠点が見当たらない。彼は両手剣を上段に構えて、一歩、また一歩と距離を詰めてきた。


「おやおやぁ、君は獲物を使わないのかなぁ? 一方的に嬲り殺すのは趣味じゃあないんだけどねぇ」

「お喋りな奴だな。口より身体を動かしたらどうだ?」

「……っ、ふん、随分と余裕だねぇ!!」


 ホギルは両脚の筋肉を収斂させて、一気に間合いを詰めてくる。

 彼は直線を描くようにロティの元まで到達すると、スピードに乗ったまま両手剣を振り下ろした。しかし両手剣は空を切り、地面を抉って停止する。平然と攻撃を躱したロティは、ホギルの横腹に肘打ちを喰らわせた。


「ぐっ……や、やるじゃあないかぁ、この僕様の最速の剣撃を避けるなんてねぇ」


 微かに呻き声を漏らしたホギルだが、そこまで苦しんでいる様子はない。


「攻撃が安直過ぎるんだよ。それじゃボクには当たらない」

「生意気をぉ言うじゃあないかぁ!!」


 ホギルは両手剣を横に薙ぐと、距離を取ったロティに片手をかざした。


「僕様の魔導――《岩石》を喰らうがいいよぉ!!」


 次の瞬間、ホギルの手元に岩石が生成された。

《岩石》という魔導は汎用性が高く、魔導騎士の中でも重宝される能力だと聞く。ロティはなるほど、口だけの男ではなかったのかとホギルの認識を少し改めた。

 そして、人間の頭部くらいの大きさを誇る岩石が五つ生成されると、ホギルは投石するように腕を振りかざした――

 同時に、五つの岩石がロティ目掛けて放たれる。


「……っ」


(なかなか丈夫そうな石ころだな……触れるのは、やめておいた方がいいか)

 日々、素材を彫刻しているロティは一目で岩石の耐久性を見抜いた。

 弓矢には及ばないものの、なかなかの投石速度に目を瞠りながら、ロティは五感を研ぎ澄ませて回避していく。五つ目の岩石を避けた先にホギルが現れ、両手剣を突き出してきた。

(魔導と剣技の組み合わせも完璧だな)

 ロティはバックステップで剣先から逃れると、鷹揚と頷いた。


「あのデジとかいう子分よりかは強いね、お前」

「……っ、どこまで僕様を苔にしたら気が済むのかなぁ!!」

「純粋に褒めてるんだけど」


 彼は観衆の中にいるデジを横目で発見する。ロティは「あれとは大違いだ」と指差しをすると、デジは歯軋りをして顔を俯けさせた。二人の戦いは中止こそしたが、デジは自分が敗北したと自覚しているようだ。

「ホギルもなかなかやるけど、『王国彫刻師』の方が強くねーか?」「確かに、全然攻撃当たってないし」「それね、ホギルも強いんだけど、なんかイマイチだよな」

 ふと、模擬戦を見物している学徒らの歓談が殷々と響いた。ドーム型の室内だから声が反響しているのか、それとも退屈で好き勝手に駄弁っているのかは定かではないが、それが災いしてホギルの顔貌が酷く歪んだ。


「ど、どいつもこいつも僕様を馬鹿にしやがってぇ!!」


 ホギルは口角泡を飛ばしてそう叫ぶ。

 実際、ホギルの実力は、第一教室の学徒の中でも群を抜いているはずだ。

 デジの実力の全貌を目の当たりにしたわけではないが、ロティは少なくとも彼より全然強いと思う。


 ただ、ホギルは喧嘩を売る相手を間違えただけなのだ。

 通常、魔導騎士団の団員が十人体勢でようやく討伐が可能となるエント・ロードを――


 ロティは単独で撃破しているのだから。


 確かにロティの職業は彫刻師だ。

 しかし、彼は魔物を倒すことでドロップするアイテムを欲する為、森林や遺跡を旋回しては単独で魔物を狩り尽くしている。市場に出回っている素材は根が張るし、それなら自分で収穫しに行こうと考えて早五年。父親と他国を渡り歩いていた時期を含めれば、それ以上。

 常に死地へ身を置いていたロティと、実家の家庭教師に稽古を付けてもらうだけのホギルでは、絶望的なまで戦闘の経験値に差があるのだ。


(同学年でボクを圧倒出来るのは、アリアくらいだよ)

 ロティは苦笑いをして、彼女の方を見やる。

 戦闘経験を積んでいるロティですら、アリアにとっては赤子も同然だ。


「き、君まで何を笑っているんだぁ! 不愉快だぞぉ!」

「いや、別にお前のことを笑ってるつもりは――」

「煩い煩いッ! ――天を覆え、数多の岩石よッ!」


 ホギルが右手を宙に掲げると、天井付近に多数の岩石が形成されていく。

 曇り雲のように岩石が頭上を覆うと、ホギルがにやぁと気色の悪い笑みを浮かべて哄笑した。


「くくくくぅ、アントの群れすら滅した必殺技だよぉ。ロティ・ペディアスぅ、君にこれが防げるかなぁ?」

「ふむ……」


 個の大きさはそれほどだが、数は百を超えていそうだ。

 あれを集中砲撃されるのは、骨が折れそうかもしれない。


「……まぁ、なんとかなるか。ボクはキラーアントの群れを殲滅したことあるし」

「何をボソボソと呟いているんだぁい? 泣いて土下座をすれば今なら許してやるよぉ?」

「余計なお世話だよ」

「っ……このぉ! どうなっても知らないからなぁ! 降り注げ、岩石よぉ!」


 ホギルが掲げていた右手を振り下ろすと、驟雨の如く岩石が降り注ぐ。

 ロティは《無限の領域》の鞄に片腕を突っ込むと、一本のを取り出した。

(うん、今日は良く馴染むな)

 何万、何十万回と握り締めた彫刻刀の木の柄を掴むと、


「――削り甲斐がある」


 引っ切り無しに降下する岩石を、平刀の刃から放たれた斬撃が真っ二つに削り落とした。


「……は?」


 ホギルの間抜けな声が漏れるが、ロティは気にせず彫刻刀を振るう。

 次々に斬撃が飛ばされ、間断なく降り注ぐ数多の岩石は――全て削り落とされた。


「これで降参してくれるとボクは嬉しいんだけど」

「……な、なんだよぉ……なんだよその魔導はぁ! ただの彫刻師風情がぁ、斬撃を飛ばすなんて強力な魔導を使うとか卑怯じゃあないかぁ!」

「うん……?」


 観衆がひしめき合う中、ロティは顔を顰めた。


「ボクの彫刻は魔導なんかじゃない――ただの技術だ」


 ロティは種明かしをすると、

(修練を積んで身に付けた技を、魔導の一言で片付けるなんて……)

 久しぶりに苛立ちを覚えていた。

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