第7話 模擬戦

「もう朝か……準備しないと遅刻するな……」


 ロティは窓枠に手を付けて空を見上げる。

 つい先刻まで真っ暗だった空は、太陽の光に照らされていた。

 古代遺跡の守護者と謳われる神話のゴーレムを模した彫刻像に、武器屋で受け取ったパーツも組み込んで完成した作品を《無限の領域》の鞄に詰め込むと、ロティは工房を出た。


(……やっぱり徹夜はしんどいな)


 重い身体を無理に動かしながら、ロティは寮の自室に戻って身支度をすると、第一教室のある学徒に向かう。

 初めて工房に訪れた際、アリアが見物しながら作った彫刻像はパーツ不足で未完成のまま放置していたのだが、素材収集を終えたロティは居ても立っても居られなくなり、睡眠も取らずに作業をしていたのだ。

 エント・ロードの希少なドロップアイテムを使用したせいか、妙に張り切ってしまった。


 ロティは欠伸をしながら第一教室に入室する。


「アリアはまだ来てないのか」


 いつも通り後列の席で待ち構えておけばいいだろうと歩を進めると、


「ロティさん、おはようございますっ!」


 ロティの背中に小さな手が触れる。

 振り返ると、先日邂逅したばかりのエルシーが優しく微笑みながら佇んでいた。彼女の腰ベルトには新調したばかりの【アルマス】が掛けられている。


「エルシー、おはよう」

「ふふっ、昨日振りですねっ! よければ隣の席に座りませんか?」

「うん、いいよ」


 エルシーは飛び跳ねるように喜ぶと、二人は中列の席に腰を下ろした。

(アリアの隣じゃなくても大丈夫だよな……?)

 即承諾した彼だったが、遅れて頭の中で疑問が浮かんだ。

(爺さんからアリアの護衛を頼まれてるけど、まぁ同じ教室にいるし、問題ないか)

 睡魔に苛まされているロティは、短絡的にそう判断をした。

 彼は重い目蓋を開かせるように目元を擦ると、エルシーが心配そうにロティの顔を覗く。


「寝不足ですか……? 目下にクマができてますよ……?」

「彫刻してたらいつの間にか朝になってた」

「えぇ……もしかして昨日帰ってからずっと作業していたんですか……?」

「うん、せっかくパーツも集まったし」

「体調管理もしっかりしてくださいよ? 身体壊したら元も子もないですから」


 ロティは渋々と首を縦に振る。

 いざ作業を開始すると、我を忘れて無邪気に彫刻刀を振り回していることが度々あるのだ。そんな彼に反駁の余地はなかった。


「私にも手伝える事があれば教えてくださいねっ。これでもロティさんの大ファンなので!」

「あぁ、そうなんだ」

「むぐぐ、反応薄いですね……これでも去年の国王生誕祭の彫刻像を観に行ったくらいなんですよ?」

「……? 国王生誕祭? 彫刻像? あぁ、あれか」

「……もしかして忘れていたんですか?」

「うん。あれはボクが作りたくて作った作品じゃないから」


 というのも、去年の丁度今くらいの時期に国王に呼び出されて、国王生誕祭の時に飾る彫刻像を作って欲しいと強請られたのだ。即刻断りを入れたのだが、提供資材を減らすぞと脅されて、仕方なく彫刻像を作った記憶がある。

 その彫刻像は確か王城前の広場に展示されていたはずだ。平民から貴族まで誰でも観覧出来たので、きっとエルシーも観に行ったのだろう。

(しかし……もしかしたら、今年も頼まれるかもな……)

 げんなりと肩を落としていると、


「なっ――!?」


 教室の出入り口から、驚愕の声が上がった。

 そちらに顔を向けると、なにやらアリアが口をパクパクと開閉していた。

 矢のような鋭い視線がロティの元に送られる。彼女は身体を小刻みに震わせながら、盛大に口先を尖らせて、いつのも後列の席に座った。


「ロティのあんぽんたん……ロティなんて知らない……」


 二人の背中から怒気を孕んだ呟きが永遠と聞こえてくる。


「ボクなにもしてないのに……アリアはなんで怒ってるんだろう……」

「あ、あはは……ロティさん、鈍感にも程がありますよ……?」

「鈍感? なんのこと?」

「多分、そのうちわかりますよ」


(エルシーまで武器屋のおっさんみたいなこと言わないでくれよ……)

 そう、嘆息をつくロティであった。



***




 魔導学園の敷地内には幾つもの訓練棟があり、どれもドーム型の構造をしている。巨大な魔物すら収めてしまう天井の高さを誇り、学園長の魔導――《結界》により壁は上質な盾よりも丈夫に出来ているらしい。

 ただ、内装は戦闘の際に付着したと思われる傷汚れが至る所にあり、地面はコンクリートではなく土であった。より実戦に近しい形態を取っているのだろうが、北の魔導学園の象徴とも言える白色の影はどこにもない。


(ふむ……流石に汚れる度に修復するわけにはいかないのか)

 と、ロティは中を見渡して考察をする。

 昼休憩を終えた第一教室の学徒は、実技講義を受ける為、訓練棟に移動をしていた。


「初めての実技訓練になります。今回は手始めに皆さんの実力を推し量る為に、軽い模擬戦をしてもらいます。手持ちの武器と魔導の使用は許可しますが、過度な殺傷は禁止とします――」


 第一教室の担任教師が淡々と説明をしていく。

 黒紫色の長髪を後ろで束ねている女教師は、成績優秀な学徒を受け持つだけあり、その手腕は上上な物だった。無愛想で冷え冷えとした態度はともかく、座学講義でも要点の伝え方が上手く、評判はそこまで悪くない。


(模擬戦か、あまり動きたくはないけど……)

 ロティは寝不足の身体を抱えてまで実技訓練に参加をしたくなかったのだが、不機嫌なアリアに半ば強引に連れて来られたのだ。彼は苦虫を噛み潰したような顔付きで女教師からの説明を耳にしていると――


「先生、ここは手始めにこの僕様がぁ、見本になろうじゃあないかぁ」


 女教師の発言を遮って、一人の学徒が挙手をする。

 語尾をやたらと伸ばして、不愉快な笑みを浮かべているのはホギルだ。


「勝手は発言は許可していませんが?」

「おっとぉ、これはすまなかった。しかし、僕様がお手本となるほうが手っ取り早いと思ってねぇ」


 整列して、三角座りで座り込んでいる学徒がざわめく。

 ホギルは立ち上がると、ロティを指差しした。


「どうだいロティ・ペディアスぅ! ここは一本、僕様と模擬戦をしようじゃあないかぁ!」

「…………はぁ」


 阿保らしくなったロティは、女教師を見やる。

 彼女は憮然と首を横に振るだけだ。好きにしろ、ということらしい。


「(これ、やらなきゃダメかな……?)」

「(ふん、知らないもん)」


 隣に座るアリアに小声で尋ねてみるが、外方を向かれてしまう。エルシーは離れた位置にいるので相談を持ち掛けれない。

(……はいはい……やればいいんだろう、やれば!)

 畢竟――ロティを庇ってくれる人はいなかった。

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