第6話 武器屋

「ところで、エルシーはどうしてこんな所に?」


 ナンパ男を追い払ったところで、ロティは彼女にそう尋ねた。


「武器屋を探していたんです。知る人ぞ知る名店がこの辺りにあるらしいんですけど……なかなか見当たらなくて、あはは」


 と、エルシーは苦笑しながら答える。

 路地裏の通路は複雑に入り組んでいるし、ここに初めて足を運んだのなら迷子になっても仕方ないだろう。かくいう彼でさえ、初めて訪れた時は同じ道を輪転して進んでいたものだ。

 ロティは懐古しながら、エルシーに提案をした。


「それならボクが道案内するよ。ボクもその武器屋に用があるんだ」


 この周辺で武器屋といえば、ロティが贔屓しているあの店しかない。

 ついでにエルシーを連れて行くのも吝かではないだろう。


「え、いいんですか? まだ助けて貰ったお礼も出来てないのに……」

「大丈夫だよ。それにほら、迷子を放ってはおけないし」

「……っ〜〜、ま、迷子じゃありませんからね!?」

「そんなに必死に否定しなくてもいいのに」

「必死じゃありません! ロティさんの意地悪っ!」


 エルシーの白い肌が僅かに紅潮する。

 ロティは頭上に「?」を浮かべながら、「行こうか?」と彼女を先導した。

 湿気と薄暗さが交わる細道を歩んでいきながら、そういえばとロティは気になっていたことを彼女に問いかける。


「エルシーはどうして敬語を使うの? ボクたち同い年なのに」


 もっとも、年上だろうが王族だろうが、ロティは誰が相手でも敬語を使わないのだが。

 ややあって、エルシーは侘しそうな表情で口を開いた。


「……私、去年まで孤児院の子供だったんです」

「……孤児院、そうなんだ」

「はい……。そこの施設は敬語を使うのが決まりだったんですよ。そのせいか、無意識のうちに敬語が出ちゃいまして」

「敬語を辞めようとは思わないの?」

「思いましたけど、この話し方が身に染み付いちゃってるので」

「変えるのも大変、ってこと?」

「……そういうことです」


 彼女の黄昏色の瞳が細くなる。

 どのような経緯で孤児院の子供になったのか気に掛かるが、触れないのが吉だろう。


「この話し方で別段困ることもないのでいいんですけどね」

「……そっか」

「……あはは、なんだか余計な気遣いさせてしまいましたね」

「ううん、事情は人それぞれだろうし、ボクも両親が他界してるんだ。お互い様、っていうのもなんか違う気がするけど、ボクとエルシーはきっと同類だよ」

「……ロティさんは優しいんですね」


 背丈の低いエルシーがロティを見上げてそう言う。


「本当に優しい人は、同類なんて言葉を使わないよ」


 ロティは気恥ずかしくなって後頭部を掻いた。


「えへへ、そういうことにしときます」

「……うん」


(……そういうことしかないんだけどね。ボクが常に最優先するのは彫刻で、それ以外の事は二の次なんだから)

 彼は胸内で苦笑いをすると、考え事を喉元に押さえつけた。


 ロティが細道を先導していくと、路地裏でも取り分け大きな建物が目に留まる。外装を黒塗りした木造りの家だ。複数の窓から照明の光が溢れているし、扉の付近に看板も設置されていない為、一般人はここが武器屋だと想像もしないだろう。


「ここだよ」

「え、本当にここで合ってるんですか……?」


 彼は静かに頷くと、取手を掴んで扉を開く。

 ロティに続き、エルシーは入店すると「うわぁ……」と感嘆の声を漏らした。

 豪快な赤色の絨毯、幾つもの棚に陳列された武具、逞しい身体付きをしている初老の店主。彼女はそれらを見渡すと、子供のように瞳を輝かせた。


「おっ、ロティじゃねぇか。顔出すのは久しぶりだな」

「どうも、おっさん」

「お、お――っ!?」


 店主をおっさん呼ばわりしたロティに驚きを見せるエルシー。

 そんな彼女に気づいたのか、店主は口元を歪ませてロティを揶揄する。


「ほほぅ、ロティもその年で女を作ったのか。お前も隅に置けないな」

「違うけ――」

「ち、違いますっ!!」


 ロティの言葉を遮って、エルシーが否定をする。


「ちぇ、なんでぇつまんねぇの。それで今日は何の用だ?」

「頼んでおいた物を買い取りに来た」

「……ああ、そういえばそんなのもあったな。探してくるからちょっと待ってろ」


(このおっさん、完全に忘れてただろ……)

 店奥に消えて行く店主を見て、ロティはそう思う。

 物作りをする職人というのは、大抵が好きな事に没頭して他の事を疎かにする輩ばかりだ。あの店主もそういう人種なのだろう。

 と、自分のことを棚に上げるロティも例に漏れずそういうタイプなのだが……。


 急に手持ち無沙汰になったロティはエルシーの方を見やると、彼女がそわそわして武器を見つめていた。


「実際に持ってみてもいいよ」

「え、勝手にいいんですか?」

「うん。ここの店主とは仲が良いんだ。それくらいの融通は利かせてくれる」

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……っ!」


 エルシーは言葉尻を跳ねさせて、何本かの短剣を持ち比べする。


「エルシーの獲物は短剣なのか?」

「そうですよ。長剣は重たくて振り回すのが大変なので……」


 なるほど、とロティは首を振った。

 平均的な背丈のアリアよりも、エルシーはひと回り小さい。彼女が長剣を振り回すのではなく、長剣に彼女が振り回されそうだなと思う。


「それにしても、どれもこれも質が良いですね」

「おっさん、あんな見てくれだけど、鍛冶の技術だけは本物だから」

「あ、あはは……でも、本当に凄いです。選ぶのにも一苦労しそう……」


 エルシーは神経を尖らせながら、次々と別の短剣に持ち替えていく。

 それもそうだろう。ロティ・ペディアスという彫刻家が惚れ込むほど、店主の技量は一級品なのだ。でなければ、わざわざ『王国彫刻師』がここまで足を運んで彫刻に必要な素材作りを頼むこともない。


 しばらくすると店の奥から店主が戻ってくる。

 店主はテーブルの上に注文しておいたパーツを並べると、腕を組んでロティに尋ねた。


「今度は何を作るつもりなんだ? こんな訳の分からない車輪や接続部品を注文しやがって。結構面倒だったんだぞ」

「それは出来上がってからのお楽しみだよ」


 ロティは代金を払うと、したり顔でパーツを《無限の領域》の鞄に詰め込んでいく。

 彼の専門は武具作成だが、たまにロティの我儘を引き受けて部品の製作をしてくれるのだ。

 店主は「ふん」と鼻を鳴らすと、ロティへの関心が消えたのか今度はエルシーに声を掛けた。


「お、お嬢ちゃんもお目が高いな。俺が作った中でもとびきりの最高傑作だぜ、その短剣は」


 それを聞いたロティは、エルシーが握っている短剣を見つめた。

 柄から刀身まで空色で染まっている。彼女の髪色と同調しているように思えた。

(……あれは、雪国で発掘されるレアメタルを使ってるのか?)

 レアメタルは雪のように冷たく、鋼よりも硬い強度を持つ希少鉱石だ。採掘量が少ない希少鉱石を短剣の素材として詰め込めるだけでも驚きだが、ロティはレアメタルを仕入れする店主の流通ルートの方が気になった。


「そいつは『王国魔導騎士』が持つ獲物と同等レベルの代物だ。銘は【アルマス】、切れ味や耐久性は言うまでもなく、魔導の威力を底上げする能力付きだぜ。どうだ?」

「こ、これ……欲しいです……っ!」


 短剣に視線を落としていたエルシーがガバッと顔を上げてそう言う。


「ははっ、毎度ありっ!」


 ロティは接客スマイルを浮かべる店主にひっそりと耳打ちをした。


「(ちょっとだけ負けてくれないか? あれ、絶対に高いだろ)」

「(ちぇ、しょうがねぇな。その代わりにロティもなんか買っていけよ)」

「(……わかったよ)」


 内緒話が聞こえていたのか、エルシーは短剣を手にしたまま、あわあわと手を振る。


「い、いいですよっ! きちんと自分で払いますから!」

「でもそれ、凄く高いよ?」

「大丈夫です! 孤児院を出た時にたくさん資金を貰ったので!」

「ははっ、ならその資金は大切に取っておくんだな。なにしろ俺とロティの間で交渉は成立しちまってる。お嬢ちゃんが反対しても安くするぜ」

「うぅ〜〜〜〜っ!!」


 ロティも戦闘用の武器を新しく拵えようか悩んでいたところだ。

 これを契機に武器をオーダーメイドするのも悪くはないだろう。


「あ、ありがとうございます……っ」


 彼女は上目遣いでロティに感謝を告げた。


「う、うん……」

(し、心臓がうるさい……っ!)

 ロティはドクンと強く脈打つ心音に初めての感覚を覚えながら、妙に背中がむず痒くなった。


「やっぱりロティも隅に置けねぇな」

「……何のことだよ」

「はっ、教えなくてもそのうちわかるだろうよ」


 ロティは店主を問い詰めるが、結局まともな回答は得られなかった。

 その後、ロティはオーダーメイドする武器の仔細を伝え、エルシーは格安になった【アルマス】の代金を払うと、武器屋を出る。

 すっかり打ち解けた二人は、仲良く魔導学園の寮に帰宅をした――。

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