第3話 魔導学園

 魔導学園は文字の如く、”魔導”を極めるための育成機関である。

 ”魔導”とは生物が生み出す特別な力のことだ。

 その魔導という特別な力は個体により様々で、火を噴く能力もあれば、氷を創造する能力もある。全人類が誕生と共に授けられるのが魔導という異能力であり――戦闘特化の魔導を有する者の大半は齢十五になると魔導学園に入学志願をするのだ。


 ゆくゆくは『王国魔導騎士』、あるいは国運営の魔導騎士団への入隊を目標とするのが魔導学園に通う一番の目途であり、その為に学徒は勉学に心血を注ぐのだが、やはり在学中も彫刻をすることしか頭にないロティは異常であると言えるだろう。

 そもそもの話、ロティのように渋々と入学する者はまずいない。

 魔導の才能に恵まれない者は入学試験で蹴落とされるのが常だ。

 国王の計らいによりロティとアリアは入学試験をパスしていたし、その上、試験の成績が優秀な上位二十五名しか在籍できない第一教室にいること事態が異例である。


「アリア様とロティくんは異例の入学となりましたが、二人とも魔導の実力に関しては成績優秀な皆さんと遜色ありませんので、分け隔てなく接するようにしてください。最後に学園の決まりを記した資料を配りますので、最前列の方は後ろに回してください。受け取った方から順に帰っていただいて構いません」


 教室に現れた教師はあらかたの説明を終えると、資料を配り早々に去って行った。

 担任となった女教師にロティは淡白な印象を抱きつつも、前席から流れてきた資料を受け取る。

 ロティは欠伸を噛み殺しつつも席を立つと――配られた紙をビリビリに破いて、教室の塵箱に捨てた。


(こんな物は不要だろ)

 一重に彫刻の事を思って行動を取ったロティだったが、彼に常識が欠如しているは言うまでもない。しかし、ロティは最善と最悪を履き違えたことをすぐに知ることとなる。


「おやおやおやぁ、『王国彫刻師』ともあろうロティ・ペディアスが、まさか学園の決まりを記載した資料を破り捨てるなんてねぇ。これはちょっと頂けないんじゃないのかなぁ」


 ロティの背後から語尾をやたらと伸ばした声が聞こえる。

 彼は後ろを振り向くと、青苔色の髪を肩下まで垂らしている少年が胸を張って佇んでいた。背丈はロティよりもやや高い。制服の上からでもわかる筋肉の盛りは、幼少期から鍛錬を積み重ねてきた証だろうとロティは推察をする。

 ややあって、ロティは彼に尋ねた。


「誰だお前」


 淡々とした問いかけが癪に障ったのか、少年は眉間に皺を寄せて答える。


「おっとぉ、これは申し遅れたぁ。僕様はホギル・バルバリオンだ、よろしく頼むよロティ・ペディアスぅ」


 ホギルは不愉快な笑みを浮かべて自己紹介をする。

(……バルバリオン? 聞き覚えのある家名だな)

 と、ロティは顎に手を添えて記憶を辿った。


「バルバリオン家はシンセロイズ家に親しくしている家系だよ。ロティも王城の中で当主同士が会話してるの、見たことあるでしょ?」


 アリアがロティの元まで来ると、呆れたように物を言う。


「ああ、バファロスさんと仲良くしてたあのおっさんか。通りで聞き覚えがあるわけだ」

「お、おっさんぅ――ッ!?」


 ホギルは酷く動揺しながら額に青筋を立てた。

 実の父親をおっさんと名指しされたのが気に食わなかったらしい。ホギルは強く手を握り締めていて、ロティを刺すように睨んだが――

 もちろんロティが他人の感情の機微に鋭いわけもなく、彼は無意識のうちにホギルを無視した。


「アリア、行こうか。ボクは早く新しい工房が見たい」

「むぅ、ロティはそうやってすぐに彫刻のばかり考えるもん」

「彫刻こそがボクの生き様だからね」


 アリアは不貞腐れたように口先を尖らせて教室を出て行こうとする。

 ロティも彼女を追うと、ホギルがすれ違い様にしたり顔をしていた。


「っ…………!?」


 一瞬遅れて、ロティは自分の足がホギルの足に引っかけられたことに気づく。

 足場を崩したロティは重力に引き寄せられて、身体の前面と地面がぶつかり合う――寸前に彼は両手を地につけ、倒れ込んだ遠心力を活用して、逆立ちするように片足を蹴り上げた。


「なぁ――ぐはッ――!?」


 ロティの蹴り上げは見事に命中した。

 ホギルの頬横に革靴がのめり込むと、彼は威力に耐えきれず教室内の机椅子を巻き込みながら吹き飛んでいく。白色の壁に衝突したところでホギルは停止した。


「あれ、力加減間違えたかな。まぁいいか、アイツから仕掛けてきたことだし……」


 ロティは反射的に反撃を繰り出したことを雀の涙ほど後悔をする。

 その後悔はホギルを蹴り飛ばしたことではなく、ロティが衆目の的にされていたことに対してだ。教室の内外含め多数の学徒から彼は視線を浴びている。

 アリアに至ってはこうなることを半分予想していたのか、特に驚きもせずロティを説教していた。


「ロティのあんぽんたんっ! 目立つようなことはしちゃダメだよって言ったのに!」

「でも爺さんも『やられたらやり返せ』って教えてくれたし」

「これはもうやり返しの規模を超えてるでしょ!」


 そう指摘をされて、ロティは首を傾げた。

 ホギルの取り巻きらしき連中が彼を介抱しているのを見て、確かにここまでやる必要はなかったかもしれないとロティは自責する。


「次からは気を付ける」

「どうせ明日には忘れてるもん」

「いや、ちゃんと気を付ける」

「絶対に忘れてるもんっ!」


 二人は押し問答を繰り広げながら教室を出た。

 入学初っ端から一躍有名人になったことを、この時のロティはまだ知らない。




***




 二人は特別棟の学舎へと向かっていた。

 特別棟は魔導関連の研究を行う為の施設らしい。その内の一室がロティに分け与えられている。一人の学徒が一部屋を丸々と占領するのは、南北の魔導学園が設立されて以来初めてのことらしい。アリアが鼻を鳴らしてそう言っていた。


「どれくらいの広さなんだろう。街中の工房は少し手狭だったから、あそこより大きいといいんだけど」

「多分、それは期待していいと思うよ?」


 アリアが口角を上げてそう言う。

 工房までの案内を任されている彼女は既に見学済みのようだ。ロティは期待を胸に潜めて特別棟の三階まで上がる。

 そして、ロティは目を瞠った。

 特別棟の三階には、内部に繋がる扉が一つしかなかったからだ。


「っ……ね、ねぇアリア、もしかしてこれって」

「ロティ、子供みたい。開けてみたらいいじゃん」


 言われるまま、ロティは興奮の色を顔に浮かべて扉を開いた。


「おおぉ……すごく広い……!?」

「元々は学園長専用の研究室だったらしいけど、今は使われてないみたいだね。それを知ったお父様が学園長に無理を通して貸してもらったんだ」

「ボク、初めてあの爺さんのことを尊敬したかもしれない」

「そんな失礼な事言えるのはロティくらいだよ」


 アリアは苦笑しながら無造作に置かれた椅子に座った。そのまま添えられている机で頬杖をつくと、彼女は「どう?」と問いかけてくる。

 彼は改めて中を見渡した。設置されているのは彼女が占領した机椅子のみであり、他はただ無機質な白色の空間が大きく広がっているだけである。


(うん、十分すぎる)


 ロティは小首を縦に揺らして、「最高だよ」と答えた。そのまま彼は肩に掛けていた鞄の中に手を入れる。


「今から試しに作品を作りたいんだけど、いいかな?」

「えーやだ、絶対長くなるもん」

「大丈夫、今回のは展示するやつじゃないから! すぐに済ませるよ!」

「……むむぅ、しょうがないなぁ」


 アリアは呆れた物言いで承諾した。

 彼が駄々を捏ねると何を言っても無駄になる。その事を幼馴染の付き合いであるアリアは身を以て知っていた。


「ありがとう……。えっと、これと、これと、あとこれがあればいいか……」


 ロティは独り言を漏らしながら、小さな肩掛け鞄の中から幾つかの道具と素材を取り出していく。


「相変わらず便利だね、その鞄は」

「うん。”魔道具”の中でもとびきりの優れ物だよ」


 ロティは鞄を撫でながらそう答える。

 かつて、特殊な能力を秘めた道具を生成する魔導の持ち主がいた。その者が発明した道具はじきに魔道具と呼ばれ、世界各国で高く売り飛ばされたという昔の話は今でも健在している。


 ロティが有するのは《無限の領域》を付与された鞄、すなわち魔道具である。

 この鞄の中は文字の如く無限の領域を有しており、どれだけ大きな物体でも吸い込み収めてしまう優れ物だ。

 取り出す時も所有者であるロティが欲する物を念じるだけで出てくるので、とても汎用性が高く便利な魔道具である。唯一の欠点があるとするのなら、経年劣化による汚れが酷いことくらいだろう。


 しかし、見窄らしい鞄ではあるが、これは彼の父親から譲り受けた物だ。

 例え魔道具でなくとも偉大なる父の形見であるなら、自分はこの鞄を愛用し続けていただろうと彼は思う。


「よいしょ、っと」


 鞄の中から出現した巨大な漆黒の木材が床を揺らした。

 この王都から北西に離れた〈樹海森林〉で稀に出現する、エント・ロードという魔物のドロップアイテムである。先日、ロティが単独で討伐した際に運良く入手した物だ。


 ロティは一級品の長大なノコギリを手にして、早速作品作りに取り掛かった。


「……ロティのばーか」


 放置された王女が不満を呟いた。

 彫刻に没頭していたロティは、彼女がムスッとしていたことに気づきすらしなかったのだ――。

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