第2話 彫刻師と王女様

 スカーレット王国の王都には、北と南にそれぞれ魔導学園が設立されている。

 ロティと王女様は王城から近い北部の魔導学園に入学することとなっていた。二人は人民に衆目の的にされつつも北の魔導学園に到着すると、新入生を迎え入れる大きな校門を潜り抜ける。


「おい、あれ……」

「ああ、アリア様と『王国彫刻師』のロティ・ペディアスだ」

「王族とあの『王国彫刻師』が本当に入学してくるなんてな……」


 ふと、周囲からひそひそ話が漏れた。

 アリアは眉間に皺を寄せると、淡々とした口調で告げる。


「”うるさい”」


 彼女がそうすると、周囲の喧騒は瞬く間に止んだ。


「アリア、入学初日からこれはやり過ぎじゃないか?」

「ロティも”うるさい”」


 アリアに反駁されると、ロティの口は接着剤で固定されたように開かなくなる。

 ロティは両手を上げて降参の意を見せると、アリアは肩辺りで切り揃えた朱色の毛先を指でくるくると巻きながらムスッとした。

 健康的な白い肌がやんわりと赤くなる。薄く色付く桜色の唇をきゅっと噤むと、彼女は外方を向いた。可愛らしい外見や大きな胸部とは裏腹に、中身は子供のそれである。


 アリア・スカーレット。王家の第一女にして次期女王とされている、歴とした王女様である。果たしてこんな奴に女王が務まるのかとロティは疑問を浮かべながら、軽くなった口をパクパクと動かした。


「わたしの護衛がどうしてロティなの……っ!」

「そんなことボクに言われても。嫌なら他の奴と変えるように爺さんと話してみるけど」

「べ、別に嫌なわけじゃないもん! だから変えなくていいもん!」

「どっちだよ……」


 アリアはふんっと鼻を鳴らすと、ロティの横腹を小突いた。


「どうせお父様が希少鉱石を餌にしてロティのこと釣ったんでしょ? お父様もやることが卑怯だけど、ロティも大概馬鹿だもんね! さすが『王国彫刻師』なんて肩書きを貼り付けられただけのことはあるよ!」

「そりゃあボクには彫刻しか能がないからな」

「こんなに可愛いわたしが隣にいても興味の一つも示さないくらい馬鹿だもんね! ふんっ!」

「……ボクはどう反応したらいいんだ?」

「ロティのあんぽんたんっ!」


 どんっ。

 ロティは横腹を思いっきり殴られた。

 彼女の小柄な体格からは想像も出来ないほどの威力だったが、ロティにとってはもう慣れたことだ。国王とロティの父親は昔から親しい仲だったため、必然的にロティとアリアも幼少期からの付き合いがあるのだが……彼女が機嫌を損ねる度にロティは怒りの発散のサンドバッグになっていた。二人はいわゆる幼馴染という関係だ。


(うぐっ、今日のは結構痛いな……。でも爺さんからは幼馴染の怒りの的になるのも相方の務めだと教えられたし……。立派な大人になるために、これくらいは耐えてみせないと)

 立派な彫刻師になるためには立派な大人にならなければならない。国王にそう諭されたロティだが、彼から世間一般の常識とは異なることを吹き込まれているとは気づいていなかった。ロティはただ言われたことを貫徹しようとしているだけである。


「ぼ、ボクはアリアの暴力に屈したりはしないから……」

「意味わかんないし、ふん。やっぱりちょっと”黙ってて”」


 ファスナーを閉められたようにロティは開口が許されなくなる。

 そのまま学舎の中に入ると事前に通告されていた第一教室に入室をした。北の魔導学園は白を基調とした内外装をしているのだが、教室も中も白色の机に白色の教壇、白色の床にホワイトボードなどありとあらゆる物が白で統一されていて、ロティはそれに芸術性を感じる。


 彼は教室内を見回すと、今度は自分の姿を俯瞰した。

 ロティやアリアは一目で北の魔導学園の学徒だとわかる、軽騎兵のような形をした純白の制服を着用している。男子と女子とでは作りが少し異なり、各々が様々な種類の獲物を携えているが、そんなのは些細なことだ。ロティは新しい自分と出会えたような高揚感に包まれていた。


 ロティはアリアに引っ張られて椅子に着席する。

 二人用の机椅子が整列されており、アリアは真ん中の後部座席を指定した。昔から王女として持て囃されていた彼女は、環境のせいからか引っ込み思案な性分になった。かくいうロティも目立ちたいわけではないので、アリアに大人しく従う。

 というか、ロティは未だに口が開かないままだった。


「あれ、……彫……だ……?」

「そうそ……俺……構ファ……だよな」


 教師が現れるまで待機していると、教室の内外から学徒の声が漏れる。

 ロティは耳を欹ててみると、その内容の大方が彼を褒め称える言葉ばかりだった。

 アリアは右手で頬杖をつき、その掌に自分の顎を乗せながらロティを見やる。


「……わたしより人気者だね、ロティは」

「国王から『王国彫刻師』なんて肩書きを押しつけられたくらいだからな」


 が解除されたロティは、天井を見上げながらそう言う。

 国王が彫刻という芸術に酷く酔狂しているというのは、王都どころかこのスカーレット王国では知れた話だ。


 その国王が約一年前に『王国』の肩書きをつけた、『王国彫刻師』という名誉ある位をロティに授けたのが話題の起点となった。

 元々『王国』の肩書きは『王国魔導騎士』にしか付けられないものだったのだが、国王が子供もかくやという我儘を突き通した結果、ロティに『王国彫刻師』という新名が与えられたのだ。

 それと同時にロティに公爵の地位まで授けられたのだから、王国中で話題になるのは仕方のないことだった。


 瞬く間に名誉を集めたロティも、有名になり褒め称えられること自体に悪い気はしなかったし、作品が評価されることに喜びさえ感じていたので『王国彫刻師』という肩書きを受け取ったというわけだが。

 そんな彼は見っともなく口元を緩ませていた。


「そうやってニヤニヤするロティは気持ち悪い」

「……気のせいだよ」

「ううん、気持ち悪かった」


 悪辣な言葉を立て続けに吐き出してくるアリアは、頬を膨らませると今度はロティの爪先を踏んづけてくる。

(これは立派な大人になるための試練、試練だ……それに、ボクがここまでの地位と名誉を得たのだって、父さんのおかげだし)

 と、ロティは耐え忍びながら思う。


 彫刻という芸術が飛躍的に人気を集めたのはおおよそ十五年ほど前からで、その一線を担っていたのがロティの父親であった。彼はスカーレット王国で持てる技術を披露すると、王国最高峰の彫刻師と崇め奉られ――暗殺された。

 それが契機となり、彫刻という芸術は王国中に広まったのだ。

 彼が残した作品は今も尚、国家予算並みの高値で取引が相次いでいるという。


 ロティもまた、そんな父親を尊敬し、父親の残した作品のことを愛していた。

 その分、父さんが殺された時は哀愁に溺れてしまったけど……と彼は回想する。


 アリアに横目で睨まれてるのをしばらく受け流していると、教室内の席は埋まり尽くし、ガラリと白色の扉が開かれた――。

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