『王国彫刻師』であるボクは、王女様と一緒に魔導学園へ入学する 〜彫刻刀から斬撃を飛ばすのなんて、常識だろう?〜

にいと

第1話 プロローグ

「『王国彫刻師』のロティ・ペディアス様がお見えになりました」

「よい、通せ」

「はッ――」


 王座の間の扉を数回ノックすると、護衛の騎士はロティが謁見に参ったのを報告した。中にいる者から了承の返事が来ると、煌びやかな装飾が施された大きな扉が開かれる。


 瞬く間に締め付けられるような緊張感が漂ってきた。しかしながら、ロティは躊躇することなく王座の間に足を踏み込んだ。

 王座を包囲むようにして現国王を護衛している『王国魔導騎士』たちの目が鋭くなるが――威風堂々と王座に座り込む中年の男性が手を一振りすると、緊迫感はどんどん薄れていく。


 ロティが安堵のため息をつくと、中年の男性――王座の手すりで頬杖をついている現国王にで語りかけた。


「今日はなんの用件だよ、爺さん」

「――ろ、ロティ殿!? 国王にその呼び方はお辞め下さいと何度も申し上げているでしょう!?」


 国王の側に携えるバファロス・シンセロイズが、慌てふてめきながらロティを譴責する。彼は国内でも有数の権力を持ち合わせているシンセロイズ公爵家の領主で、ここスカーレット王国の国家財務の担当を担っている人物だ。その上、彼は国王の側近としても働いていた。その地位と名誉は他の貴族とは比較するまでもなく多大なものだ。


「でも、この爺さんがその呼び方でいいって言うから」


 国王だけでなく、年齢上は目上であるバファロスにまでロティは躊躇うことなくタメ口で言葉を返した。

 何を隠そう、ロティもまた公爵の地位を有する貴族である。ロティは自分の領地などを所有してはいないが、立場上はバファロスとも対等であるため敬語を使用する必要はなかった。そもそもロティに敬語などの概念は教育されていない。彼に唯一施された教育は――ただ彫刻刀の扱いだけである。


「くくく、よいよい。此奴は吾輩の息子みたいなものだ」

「そういうこと。バファロスさんもいい加減慣れてよ。それで、なんの用件?」


 周囲の『王国魔導騎士』にギロリと睨まれるが、ロティは泰然とそれを受け流して国王を見据えた。彼らは余程国王のことを慕っているのだろうが、そんなことはロティに関係ない。ロティが尊敬しているのは自分の父親と、彫刻という芸術だけだ。

 国王は頬杖をする腕を左から右に変えると、深刻そうな表情をする。


「……実はな、吾輩の娘――アリアが今年から魔導学園に入学するのだよ」

「それで?」

「ロティはアリアと同い年だろう? だから魔導学園にも通うことができる。つまりだな――アリアに変な虫が付着しないよう、護衛として一緒に入学してほしいのだ」

「帰る」


 ロティは国王に背を向けた。

 余程深刻な悩みを抱えているのだろうと勘違いをした自分を殴りたい。ロティはそう思いながら足音を立てていく。


「帰るのなら、吾輩の指が滑ってロティを国家反逆の罪で指名手配してしまうかもしれぬな」

「……汚いぞ、爺さん」

「はて、なんのことかさっぱりだ。それにロティ、お主が行き場を失くして今まで育ててきたのはこの吾輩であろう。たまには恩返しをするのが息子の務めというものだ」


 国王に指摘をされて、ロティは一瞬喉に声が詰まった。

 ロティの母親は生誕して間もない頃に亡くなっている。元々身体が貧弱でロティを出産するのに体力を使い果たしてしまったらしい。

 ロティの父親は五年ほど前に暗殺された。国内最高峰の彫刻師として崇め奉られていた父のことだ。なにかのしがらみに巻き込まれたのだと国王は教えてくれた。

 そして両親を失くしたロティに手を差し伸べたのは、何を隠そう王座にふんぞり返っている国王である。ロティの父親を崇拝さえしていた彼は、国内最高峰の彫刻師から全ての技術を伝授されている息子を保護し、住処と彫刻に必要な物を全て提供していた。

 国王はその事実を突き出して、ロティに交渉を持ちかけたのだ。


「確かに育ててくれたのは認める……けど爺さん、あんた恩返しという名目を使って、毎月のように彫刻像を作り渡すよう頼み込んできてるだろ。それを、まさかボクの記憶違いだなんて言わないよね?」

「……はて、なんのことかさっぱりだな?」

「この野郎……」


 ロティは国王の珍妙な長髭を削ってやろうかと画策するが、『王国魔導騎士』の見張りがあるので気を煽てるのはやめた。


「もちろん無償で引き受けろとは言わぬ。今まで提供していた素材だけではなく、市場に流れ込んでくる希少鉱石なども買い取って引き渡そう。国家予算で」

「――国王よッ、そんな馬鹿なことを言ってはなりませぬ!!」


 バファロスが青筋を立てながら国王を諫める。

 現在提供されている素材は希少鉱石に劣るとはいえど、それでも高値な物ばかりだった。ロティは国王の個人的資産から出資されていると思っていたが、実際はそうではなかったらしい。

 国王は罰が悪そうな顔をして、渋々と肩を落とした。


「えぇ、国の金使っちゃダメか……? ふむ、仕方ないのう……。吾輩の小遣いから出すとするか……」

「当たり前でしょうが。それに王女の傍付きだってわざわざ『王国彫刻師』のロティ殿を選出せずとも、このワタシが優秀な護衛を選別して参るというのに」

「……バファロスも口うるさいの。吾輩は元よりロティを魔導学園に送ることでアリアの護衛をさせるとともに、此奴に新しい価値観を身に付けさせたいと考えていたのだ。さすればロティは芸術家としてまた一歩上のステージへと進むことができるであろう? 吾輩の《慧眼》がそう導けと申し出ているのだから、そうすることが自然の摂理というものである」

「…………(このクソジジイ、薄っぺらい言葉ばかり並べやがって)」


 バファロスは国王を説き伏せることは不可能と見越した矢先、白色の髭を撫でながら、ボソリと呟いて反抗の意を見せていた。

(しかし、あまりボクを入学させたくはないみたいだな。国家予算を好き勝手に使われて業腹になるのもわかるけど、ボクにまで当たらないでくれよ)


 彼に睨まれていたロティはそんなことを考えながら、国王の提案を反芻する。市場に流れ込む希少鉱石を優先的に引き渡してくれるというのは、正直かなり美味しい話だ。保護と聞けば世間体は良いかもしれないが、それを言い換えるとロティはただの居候の分際に過ぎない。衣食住には困らないが、居候の身であるロティに希少鉱石を買い溜めるほどの資金はなかった。


 ただ、魔導学園に通うとなると彫刻に当てる時間は当然短くなるわけで、それがロティの決断を鈍らせた。しかし希少鉱石が手に入るというのなら、王女様の子守をするのにも一考の余地はある。

 ロティは顎に手を添えて逡巡していると、国王は追い討ちをかけるようにもう一つの提案をした。


「そういえば、魔導学園には今提供している工房よりも大きな工房があったかのう。吾輩が推薦すればそこの貸し切りも容易いが――」

「わかった、ボクにアリアの護衛をさせてくれ」

「それでこそ吾輩のロティだ」


 交渉は成立した。国王は満足そうに口元を緩める。

(まぁ最悪、魔導学園の講義なんかサボってしまえばいい。そうすれば工房に篭って幾らでも彫刻できるだろ)

 ロティは邪知深くほくそ笑んだ。

 こうしてロティは、国王の娘アリアと魔導学園に入学することとなった――。

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