5.雪の花舞う頃 ④

◇◇◇◇


 初めて見る景色ばかりで楽しい。

 バスでの移動は修学旅行ぶりかもしれない。

 高速道路を利用するのもかなり久しぶりのような気がする。

 高いところから見る私たちの街は、こんなふうに見えるんだ。

 次々と見える景色は変わって、また新しい景色がやって来る。

 お城みたいな建物もある。こんなところがあったんだ。今度鷹雪くんと一緒に行ってみたいな。

 ……? こんなところに自由の女神?

 なにかのお店だろうか?

 うきうきと車窓を眺めていると、隣に座る鷹雪くんの笑い声が聞こえた。



「はははっ。亜子ちゃん興奮してるねえ」

「あ!え!ごめんなさい……」

「ううん、いいよ。たくさんお外見てください。ちょっと淋しいけど」



「景色に飽きたら俺を見てくださいね」なんて笑っている。

 なんだか急に恥ずかしくなって、鷹雪くんを見つめた。

 ――そうだよね。バスくらいで興奮するなんて、子供じゃあるまいし。私もう高校生だし。来年からは大学生だし!大人だし。

 鷹雪くんの顔を眺めているのも、楽しい。

 せっかくのふたり旅。

 景色ばかりじゃなくて、あなたも見ていよう。



「あれ。もういいの?」

「いいの」

「そ? じゃあ俺は外見てよ」

「鷹雪くんもお外見たかった? 席変わる?」



 流れで窓際を取ってしまったけれど、鷹雪くんも窓際の方がよかったかな。

 車酔いとかは大丈夫かな。

 酔い止めとかを飲む様子もないから、平気?

 もしかしたら、私に気を遣って我慢しているのかも?

 まだまだ鷹雪くんのことはわからないなあ。

 私を見つめたまま、唇をやさしく持ち上げていつもの笑顔。鷹雪くんの手が頭の上に乗った。



「俺はこっちでいいよ、ありがと」

「……席変わりたかったら言ってね」

「うん」



 日が当たってぽかぽかと暖かい。

 眠たくなってきてしまう。

 けれど、鷹雪くんに寝顔を見られるのも恥ずかしいような気がする。

 鷹雪くんはまだ外を見ているようで、顔はずっとこちらを向いている。

 その姿をじっと見つめていると、「ん?」と笑いかけてくれた。



「なんでもない」

「眠くなっちゃった? 寝ててもいいよ」

「ち、ちがうもん」



 と口では言ったけれど、目はとろんとしてしまう。力を入れているつもりなのに、まぶたがじわじわとおりてくる。寝ちゃダメ、寝ちゃダメ。起きてなきゃ。

 それでも暖房が効いていて、バスの揺れが眠気を誘う。

 ちょっとだけ。ちょっとだけ。

 本当に、ちょっとだけ。

 目をつむるだけ。

 寝ない。つむるだけ。

 鷹雪くんの肩に頭を乗せる。



「おやすみ」



 そう囁かれたのは覚えている。

 目を覚ました時には、窓の外が白かった。

 雪だ。生まれてから数える程しか見たことがないけれど。間違いなく雪だ。



「雪……!」



 鷹雪くん、と話しかけてみたけれど反応がない。

 いつもならすぐ「なあに」と言ってくれるのに。

 心配になって鷹雪くんの方を向く。

 穏やかな寝息をたてて目をつむっていた。

 ――鷹雪くんも寝ちゃってたんだ。

 そのうち鷹雪くんの頭が私の肩に乗り、身動きがとれなくなってしまう。



「……。」

「…………。」



 寝たフリなら、こうやって見つめていればやがて鷹雪くんの口元がむずむずと動いてくる(私の視線がくすぐったくて、笑えてきてしまうそうだ。どういう原理なのか、よくわからないけれど)。

 しかし、今日は動く気配もない。すぅ、すぅとゆっくりとしたリズムで呼吸を続けている。

 顔の前で手をちらつかせてみてもなんの反応もない。

 ――本当に本当に、眠ってる!

 距離が近すぎてドキドキしてしまうけれど、こんな至近距離でお顔を望める機会なんてなかなかない。いっぱいいっぱい見ておこう。

 いつもはキリッとしている眉毛だけれど、今日は眠っているからかふにゃりとしている。どちらかというと太めなのかもしれない。

 意外とまつ毛は長くて、呼吸の度に揺れている。

 鼻は高くてすっと通っている。

 いつも私のほっぺたを「ぷにぷにだ」なんていって触ってくるけれど、鷹雪くんだってぷにぷにしている。今だって私の肩にあたって変な形になっている。恐る恐るつついてみるけれど、鷹雪くんの目は覚めない。

 あの瞳がないと、ちょっぴりさみしいな。緑色でやさしくほほ笑んでくれるあの瞳。

 ずっと観察していると、メガネがずり落ちそうになっていることに気がつく。慌てて外してあげて、座席の前のテーブルに置いておいた。これで安心。

 ――メガネをかけたまま、ってことは、いつの間にか眠ってしまったのかな。寝るつもりではなくて。私と一緒だ。



「着いたら起こしてあげるね」



 そっとささやき、バッグの中に入れておいたインスタントカメラを取り出す。自撮りなんて慣れていないから、きちんとふたりが入っているかわからない。自分のカンを信じ、このあたりだ!と気合を入れてシャッターを切る。パチン、と小さな音で、写真が撮れたことに安堵する。

 ――今日はいっぱいお写真を撮ろう。

 カメラは得意ではないけれど。

 私の好きなものをめいっぱい。このカメラで。

 現像しないとどう写っているかわからないけれど、それもまた楽しい。写真になってからのお楽しみだ。

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