5.雪の花舞う頃 ③
さて。
本題に戻ろう。
そんな夢打ち砕かれし静岡から長野への、ゆっくりのんびり旅。
諸事情により、亜子ちゃんは電車に乗ることができない。
そのため本日は高速バス乗り場での待ち合わせだ。
時計を確認してみれば待ち合わせの10分前。
亜子ちゃんの家の車が入ってくるのが見えた。
運転席からはお父上さま。
その姿が見えた瞬間、背筋がしゃんと伸びる。
俺を見つけたらしく、ばちりと目が合うと手を上げて大きく声を張り上げた。
「松本ー!」
「は、はいっす!」
「……わかってるな」
「……はいっす」
それ以外なんと答えれば良いものか。
圧が凄すぎる。こわい。
お父さまは車のトランクをあけ、なにやら重たそうな荷物を取り出す。
助手席からは亜子ちゃんが現れた。
厚手のコートの裾から、ひらひらのかわいらしい花柄のスカートが覗いている。その下には黒のタイツとショートブーツ。ううん。かわいい。
俺を見つけるやいなや、ぱあっと顔を輝かせる。かわいい。
それからすぐ焦ったような表情に変わり、ぺこりと頭を下げた。
亜子ちゃんに向けて手を振っていると、恥ずかしそうに顔を赤らめる。かわいい。
「お父さん、もうここで大丈夫だから!」
「いやでも……」
「いいから!送ってくれてありがとう!」
強制的にお父上さまを退却させ、先ほどトランクから現れた重たそうな荷物を背負う。
よたよたとよろめくものだから、はらはらしてしまう。この大きなリュックサックにはなにが詰まっているのだろう。
ようやく俺の元に辿り着き、「お待たせしました!」とすまなそうに言った。
「いやいや、まだ10分前」
「……鷹雪くん、いつも私より先に着いてるよね。いつも待たせちゃってごめんなさい」
「んーん、好きで早くきてるだけだから」
30分以上前からここにいることは黙っておこう。
肩からずれてしまうのか、何度もリュックサックの肩紐を直している亜子ちゃん。その度にリュックサックの衝撃でよろめいている。
「リュック、俺が持ちますよ」
「え、だ、大丈夫!軽いので!」
「いーからいーから、バスがくるまでの間」
「うう……ありがとう、お願いします」
と素直にリュックサック差し出した。
見るからにぱんぱんで、どこか海外にでも逃亡する予定なのだろうかと思われるほどの荷物だ。
見た目通り重く、俺でさえよろめきそうだ。
「亜子ちゃん、どこ行く気なの」
「え? 長野……?」
「明日にはもう帰ってくるんだよ、なんでこんな大荷物を……」
「……旅行って、慣れてなくて」
髪の毛をくるくるといじっている。
照れくさそうに俯いてしまった。かわいいな。
「家族旅行とかはあんまり行かない?」
「私のお父さん、先生でしょ。だからなかなかまとまったお休みも取れなくて。おかあさんも、美容師さんだし。土日のお休みとかなくて。おにいちゃんも部活とか忙しいみたいで」
「……ということは!お、俺が亜子ちゃんの貴重な旅行同行者……!」
これは気合いを入れなくては。
亜子ちゃんの貴重な旅行体験!失敗は許されない!
最高の旅行にしてあげなくては。
旅のしおりもバッチリだ。
まずはあそこにいって、次はあっちへ連れて行って、ここであの景色を見せてあげて……。
今夜はホテルで一泊――
「はっ、お泊まりとかも!?はじめて!?」
「お泊まりは、その、おにいちゃんと1回。旅館に」
「……!」
「あ、でもでも!あのときはアクシデントだったから、なんか、ゆっくり楽しめなかったというか。今回はね、ちゃんと、楽しみたいな」
にこり、かわいらしく笑ってくれる。
ちなみにひとつ言っておくが、俺たちの話す『お泊まり』に変な意味などない。言葉通りの『宿泊』という意味であり、それ以上の意味など皆無であるため、その辺だけは頭に入れておいていただきたい。よろしく頼む。
「そうだ。修学旅行でお泊まりは、あるよ」
「あー、そうか。そういえば行ったねえ。沖縄」
「沖縄もまた行きたいなあ」
「……連れてきます!」
「えへへ。いつかね、お願いします」
かわいらしく笑っている亜子ちゃん。
沖縄でのことを思い出しているのだろうか。
――沖縄かあ。
沖縄に行くならば、飛行機か。
一体いくらかかるのだろうか。
沖縄といえば、穏やかな海。
修学旅行は冬だったので泳ぐことは叶わなかったが。次は夏――海が開放されている時期にでも!
水着にビーチバレーに日焼け止めに砂浜でキャッキャウフフ……妄想が広がる!
と拳を握っていると、亜子ちゃんはふと空を見上げた。
「晴れてよかったね」
「うーん……? 晴れてたら雪は見れないような?」
「はっ!」
亜子ちゃんは目をまん丸くさせ、頭を抱えた。かわいい。
忘れかけていたが、俺たちの目的は、
長野で雪を見ること。
そして鷹を探すこと。
ただの観光ではないのだ。
俺にとっては夏以来の訪問になる。
ばあちゃんとじいちゃんは元気だろうか。
今回はあまり長居もできないし、移動手段も限られている。祖父母の家に顔を出す余裕はない。
けれど、できたら。亜子ちゃんを紹介してあげたいなあ、なんて気持ちも少々。
――いやまだ高校生だし。結婚するわけでもないし。婚約しているわけでもないし。紹介なんて気が早すぎるか……いつかは、俺のお嫁さんになってほしいけれど。亜子ちゃんはどう考えているだろう。俺との将来が見えているだろうか?
ちらり、目をやってみればまだ頭を抱えている。
ピュアで、かわいくて、どこか幼さがあって。
まだ、いいか。
焦る必要はない。ゆっくり、ゆっくり。
亜子ちゃんと一緒のペースで歩いていくと決めたのだ。
「長野は雪みたい」
携帯電話で天気予報を調べて伝えると、目をきらきらとさせた。かわいいなあ。本当に、ひとつひとつの仕草がかわいくて、見ていて飽きない。
「よかったあ」
「ははは、でも亜子ちゃん、雪をなめたらダメですよ」
「へ?」
「滑るからね、歩くとき気をつけてね」
また「はっ!」と目を丸くさせていた。
今日はいつもよりテンションが高いのかもしれない。
俺との旅行が楽しみなのかな?
……そうだったら、嬉しいけれど。
「俺がまたエスコートしてあげますよ」
「……ふふ。まだあの日のこと覚えてるの? 恥ずかしいな」
ぽ、と顔を赤らめてはにかんだ亜子ちゃん。
覚えてるよ。俺にとって大切な日だから。
亜子ちゃんと、2度目に会った日のこと。
あれは高校の合否発表の日だった。珍しくこの静岡の地でも雪が降り、数ミリか積もっていた。
その雪に足をとられ、道端でしりもちをついていたのがなにを隠そう亜子ちゃんである。そこを華麗に俺が救い、いまに至る――かどうかは知らないけれど。
詳しく語ると日が暮れてしまいそうなのでこれもまた、いつかの機会に。
ひとつ言えることは、その日に交した約束を果たしに行くのだということ。
そうこうしているとバスの到着時間が迫っていた。
亜子ちゃんのソワソワが増幅している。
「バス、ちゃんと来るかな」と心配をしている。
俺も高速バスを利用するのは初めてで、緊張がうつってきた。
何度も左右を確認してしまう。
予定の時間がやってきて、それとほぼ同時にバスがターミナルに近づいてきた。
「おあ、来たよ」
「うん……!」
「忘れものとかはないっすか、大丈夫かな?」
自分で言って、心配になってきた。
チケットはある。財布も入れた。携帯電話も持っている。よし。それだけあれば十全。
亜子ちゃんも確認が済んだようで、うんと大きくうなずいた。
それと同時に、バスの入口が目の前にやってきた。
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