5.雪の花舞う頃 ②
あの日について、語らせていただこう。
時は数年前に遡り。
高校3年生の冬。
運良く12月3日が土曜日だった。
12月3日がなんだと思うだろう。
けれど、俺たちにとってその日は特別な日だった。
俺の誕生日だ。
そして、1年前のその日――高校2年生の12月3日は、亜子ちゃんが初めて俺と向き合ってくれた日でもある。
俺たちが見事結ばれたのは、高校2年の冬。
クリスマスだった。
語ると長くなるので割愛をするが、いろいろあった。紆余曲折を経て俺たちは晴れて恋人同士。天晴である。俺の活躍については、また別の機会にでも語ることにしようと思う。
とにかく。
その12月3日。
俺たちの長野旅行が決行されたのである。
はじめての旅行。ふたりきりでの旅行。
亜子ちゃんのご家庭はなかなか厳しいため、許可を取るのが大変だったが(俺の家は即OKが出た。俺のことをなんだと思っているのだろう。普段からフラフラ歩き回っているやつだけれど、少しくらいは心配してくれたっていいではないか。とは思った。それに、かわいいかわいい女の子とふたりきりの旅行であるぞ。一泊するのであるぞ。もっとこう、別の心配を――とは思ったが、俺にはそんな根性がないことはお見通しだったのだろう。それはそれで悲しい。彼女のお父上さまと交わした『条約』もあるため、なにもするつもりはないけれど)、さまざまな人たちの尽力により決行が叶った。
感謝感謝である。
感謝しかない。
お土産を奮発せねばと誓った。
ちなみに、なぜ長野なのかと言うと、俺の出身地という極めて単純な理由である。比較的近場でもあり、俺も土地勘がある。そのため、ここならばと許されたのである。
亜子ちゃんは超がつくほどの方向音痴らしく、知らない地に行けば必ずと言っていいほど迷子になるそうだ。
お父上さまの懸念もそこが一番大きかったらしい。
そこで俺である。
俺が真横につき、亜子ちゃんから離れることなく、危なそうな際にはしっかりと手を繋ぎ(最初は手を繋ぐことすら反対をされたが、亜子ちゃんに首輪をつけておくわけにもいかないので、渋々手を繋ぐことを許された)、無事目的地へと連れていく。そして家まで送り届けることが条件となった。
もちろん、ホテルでの一泊はなにもしないこと。亜子ちゃんに指一本触れるなとのきついお達しがあった。亜子ちゃん本人は知らない。
少しだけ、俺の生まれついて語ろう。生まれは長野県松本市。市街地からは少しだけ離れた、
家族は父と母、俺と妹の4人。
母方の祖父母も近所に暮らしていた。
両親が不在の際は、妹を連れて祖父母の家で遊んでいた。
ばあちゃんは詳しくは知らないけれど、ヨーロッパの辺りから日本にやって来たらしく、俺と同じ赤い髪と緑色の瞳をしている。やさしくてきれいな人だ。
俺の髪と瞳は、その血を引いているらしい。
たまに英語を使う人だったから、日常会話くらいであれば話せるようになった。読み書きもそこそこできる。こう見えて英語の成績はそこそこよかったりする。ばあちゃんに感謝である。
ちなみにじいちゃんはラテンな香りがする人だが、純日本人らしい。
中学3年まで長野で育ち、高校から静岡にやってきた。親の仕事の都合で。それから現在までこの地に住み着いている。
亜子ちゃんの生まれ育った静岡県。
あたたかくて、海もあって最高だ。楽園だ。
――と、こちらに来るまではそう思っていた。
しかし現実、冬は寒い。
雪が全くと言っていいほど降らないところはとてもいいと思うけれど、風が異様に冷たいのだ。そして容赦なく身体にぶつかってくる。とてつもなく強い力で。やつらは当たり屋だ。
温暖で穏やかなイメージをしていたが、そんなことはなかった。あれは風の暴力だ。
はじめて経験した静岡の冬は、暴力的だった。
亜子ちゃんなんか身体が軽いものだから、たまに飛ばされそうになっている。風がさらっていこうとする。俺がきちんと捕まえておかねば、どこか飛んでいってしまうのではないか、毎年そんな心配をしている。
風の力を侮ってはいけない。
そして悲しいことはまだ続き、海があっても泳ぐことは出来ない。
遊泳禁止エリアがただただ続いている。この辺りの海は年中波が高く、とても泳げる場所ではないそうだ。サーファーたちが波に挑んでいるばかり。
亜子ちゃんと海に行ったことがあるが、かわいい水着姿を拝める――というわけでもなく、ただただぼーっと打ち寄せてくる波を見つめていた。それだけでウン時間。あれはなんの時間だったのだろう。一緒にいる時間は、それはそれは楽しかったのだけれど。よく分からない時間だった。
海なし県に生まれ、海に憧れて育ってきた俺としては、想像していた海とは全然違っていて。
夢を粉々に打ち砕かれた気分だった。
もっと、海といったら、こう、水着で!
ビーチバレーとか!
日焼け止めを塗ってあげたりだとか!
波打ち際でキャッキャウフフしたりとか!
亜子ちゃんといちゃいちゃできると思っていたのに!
なにひとつ叶いやしない。最悪だ。こんなことって、あるだろうか。
そんな地に俺はやってきてしまったのだ。
想像とはかけ離れたこの地に。
俺が勝手に妙な静岡像を描いていたのも悪いとは思うけれど、あんまりだ。
けれど――、亜子ちゃんと出会えた。
その点は100点満点だ。
想像とは違っていたけれど、静岡の地にやってきて、よかったと思っている。
長野も素敵なところだったが、きみのいるこの街が、好きだ。
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