4.ごっこ遊び(仮) ⑩

 きれいな瞳と見つめ合う。

 にこりと笑って、私の頭を撫でてくれる。



「ゆっくりで、いいからね」

「うん。……ありがとう」

「――あ。ココア飲む? あっためてくるよ」



 小夏ちゃんを私の横に置き、お台所へと行ってしまう。鷹丸も私の膝からおり、先程まで鷹雪くんが座っていたところにごろんと寝転んだ。あたたかいのかもしれない。鷹雪くんは、あったかいから。

 ふと思い出し、鷹雪くんのリュックサックをあさる。たしか、この奥に私が責任をもって封印したのだ。

 自称・先輩から預かったという漫画本。

 それを手に取ると同時に、鷹雪くんが戻ってきた。



「わー!亜子ちゃん、それは触らない方が……!有害図書!」

「えっ、あ、お勉強をと思って……」

「こ、これはたぶん勉強にならない。ダメっす。もっと有益で無害なのを貸してあげるから」

「……持ってるの?」

「いや!ない!無い無い!悪友に譲渡したものをちょっと返してもらって……いや!なんか違う間違えました!」



 妙に慌てる鷹雪くんを見て笑ってしまった。かわいい人だ。ちょっぴり照れたような顔をして、私から漫画を奪い取り、また深淵へと封じ込める。



「それ、そのまま持ってくの?」

「……まずいかな」

「カバーつける?」

「お!亜子ちゃん天才」



 以前本屋さんで付けてもらったブックカバーを持ってきて、に付け替える。これなら安心だ。鷹雪くんは隣で小さく拍手をしていた。

「天才!天才!」と何度も褒めるものだから、なんだか照れてしまう。

 ――これなら、もし別の人に見つかっても、安心かなあ。


 私たちも、こんな風に隠して生活をしてきたんだ。恥ずかしいと思っていることを覆い隠して。

 それは、いいことなのか。

 これからずっとずっと、一緒に生活をしていくのに。

 仮面をつけたまま生活をしていていいのか。

 ――そう思うと、今日は、よかったのかもしれない。

 お互い、本音をぶつけあえて。

 いままで夫婦ごっこをしていただけなのだと気づくことができて。


 鷹雪くんは相変わらず「天才だー」と私を褒め続けている。それがくすぐったくて、話題を変えようとカーテンに手を伸ばす。



「お、お月様が綺麗なんだっけ」

「ああ、うん、めっちゃオレンジでめちゃでかかった!星もよく見えてね、亜子ちゃんと見たいなーって思いながらチャリを飛ばしてきましたよ」

「……ふふ、嬉しいな」

「ん?」

「なんでもない。見に行こ」



 マグカップを受け取り、ココアを口に含む。缶からマグカップに移し変え、あたため直してくれたもの。いつもの味だ。じわり、じわりと胸に温かさが広がっていく。

 ベランダに出ると、冷たい風が頬を撫でていく。

 マグカップで暖をとりながら身体を縮こませた。

 鷹雪くんのジャージが肩に乗る。



「身体冷やしちゃだめっすよ」

「ありがと」



 ピタリと身体を寄せれば、鷹雪くんは固まってしまった。「めっちゃ抱きしめたい!」と叫んで、なにかと戦っているようだ。抱きしめたいのなら、抱きしめてくれればいいのに。

 そんな鷹雪くんを無視して、空を見上げる。

 鷹雪くん言うとおり。

 今日のお月様は赤っぽくて、大きくて。

 きれい。



「きれいだね、お月様」

「でしょー!」



 わからないかな。きっと、わからないね。

 知らないよね。知らなくていいや。照れくさいから。

 ふと目があえば、鷹雪くんは歯を見せてにししと笑っている。



「亜子ちゃんと見てるから、より一層きれいっすね」

「へ……」

「『アイ・ラブ・ユー』、だっけ」

「え!?」

「なんでもありませーん」



 ニヤリ、いやらしく笑って。

 私の頬を指先でくすぐる。

 すぐ私のことをいじめるんだから。



「亜子ちゃんから聞いたことは忘れないよ」

「……違うもん、本当にきれいだなあって思ってだもん」

「じゃあ、そういうことにしておきますか」



 照れ隠しに、鷹雪くんの胸の中に隠れる。

 風が吹いて、髪をさらわれていく。

 身体を震わせると、鷹雪くんが抱きしめてくれた。

 触れ合った箇所からあたたかくなっていく。

 顔を見つめれば、だんだんと鷹雪くんが近づいてくる。



「――私はココアを飲みました」

「…………。あー!」



 重大な事実に気がついたようで、しまった、と目をつむっている。

 そういえば、今日はまだキスをしていない気がする。朝、おはようのちゅーをして、それだけだ。帰ってきてからはまだ、なにも。

 目をつむったままの鷹雪くんに近づいて、頬に唇をくっつける。すると驚いたような顔をする。かわいい顔だ。

 緑色の瞳に色んな光が差し込んでいる。

 不思議な色をしていた。

 それに見とれていると、今度は鷹雪くんの唇が私の頬をくすぐる。



「歯磨きしたら!しましょう!おやすみのキス!」

「……うん。えへへ。スイッチは、入れないでくださいね」

「だ、大丈夫だし!」



 鷹雪くんは自信がなさそうに、「たぶん」と付け加えた。私は「がんばってね」と頭を撫でるだけ。

 うれしそうに笑ってくれるから、こっちまでうれしくなってしまう。

「また明日ね」なんてやさしい声で囁かれて、身体を硬直させた。



「な、なにが明日!?」

「なんでもないよー。さ、おうちに入りましょう」



「お姫さま」と演技がかった口調で言われ、顔が熱くなる。

 ――お姫さまじゃないし……

 心の中で一瞬そう思ったけれど。

 でも。

 たまには、悪くない。


 片手にはマグカップ。

 空いた方の手で、鷹雪くんの手を掴んだ。

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