4.ごっこ遊び(仮) ⑧

◇◇◇◇


 どうしてこんなことに。

 あのあとすぐ、「実践あるのみ!」と意味のわからないことを言われて鷹雪くんに抱き上げられてしまった。

 そして現在、ソファの上。

 ふたりならんで前を向いている。

 私が投げ飛ばした漫画は鷹雪くんのリュックサックの底に埋めておいた。明日返さないといけないらしい(と言うと、借りてるみたいになってしまうけれど)。

 なにをされるのだろう。

 実践って。

 恐る恐る横を見れば、鷹雪くんもこちらを見ていた。



「えっと。もう一度確認していいですか」

「うん」

「『舐めるとき、やさしく』で間違いないですか?」



 なんで敬語なんだろう。

 肩を掴まれ、鷹雪くんの方へと向きを変えられる。

 鷹雪くんの顔が近づく。まだメガネをかけている。その奥では緑色の瞳がきらきらと輝いている。この瞳に、私は弱い。

 小さく頷けば、鷹雪くんの口元が耳元にやってくる。それだけでくすぐったくて、身を縮めてしまう。

 やさしく。

 ふんわりとした表現だったけれど、わかってもらえたのかな。

 やさしく耳たぶに噛みつかれた。



「こんな感じ?」

「も、もうちょっと、……ゆっくりしてほしい……」



 自分で言って、なんてことを言っているのだと顔が熱くなる。耳たぶに舌がくっついて、思わず声が漏れてしまう。それから耳のふちを丁寧に舐められていく。

 背筋がぞわぞわとする。



「どう?」

「や、やらしい」



 私の答えに満足したのか、耳元でふふふと笑った。

 その吐息がくすぐったくて、身体をすくめてしまう。

 なんなの、これ。

 なんなの、これ!

 口からこぼれてしまいそうな言葉を一生懸命飲み込んで、鷹雪くんにされるがまま。



「たっ、鷹雪くん? も、もういいのでは?」

「気持ちよかった?」

「……」

「う。……う、ん。いつもより、は」



 なるほど、と目を細めて笑って頬にキス。

 敏感になっているのか、目の端がぴくりと反応してしまう。そんな私を見て、またにやにや笑っている。いじわる。



「耳以外も、いいですか? 練習」

「耳以外?」

「首とか」



 私の返事の前に、今度は首筋に噛み付かれた。

 舌先でちろちろと舐められてくすぐったい。

 ――鷹雪くん、楽しんでるだけなのでは?

「すとっぷ」と広い肩を押せば、鷹雪くんは離れていく。



「どうかした?」

「……明日もお仕事だから、変なスイッチ入れちゃダメだよ」

「わ、わかりました」



 唇をとがらせて、なにやら不服そう。

 本当にえっちなんだから。



「亜子ちゃんも変なスイッチ入れないでね」

「い、いれないもん!」



 鷹雪くんはニヤリと笑って、また首元に戻ってきた。

 くすぐるようなキスばかりしてくる。

 練習だ。これは練習。変な意味なんてない。

 練習練習練習。頭の中を『練習』の文字だけで埋めつくし、邪念を振り払う。

 ――でも練習って、なんの?

 本番のときのための……とまた余計なことを考えてしまい、頭が沸騰してしまいそうになる。

 私はどうしているのが正解なんだろう。

 とりあえず鷹雪くんの頭を撫でてみると、ようやく練習が終わったらしい。

 もこもこの頭が離れていってしまった。



「あんまり気持ちよくなかったすか」

「え? ううん、そんなことないよ」

「そう? なんかぼーっとしてたから」

「それは……あの、……スイッチが……」

「ほほう」



 鷹雪くんはきらりと目を輝かせた。

 そこでまた違うスイッチが入ってしまったらしい。

 探究心、という。


 ここはどう、こっちは? これは? と、どんどん質問攻めセクハラにあう。

 こういうことに関しては、本当に、鷹雪くんは、真面目だなあ。

 それは、なんのためなんだろう。

 自分のため?

 私のため?

 ふたりのため?

 ふわふわの髪を撫でれば、やさしい瞳が私を見つめる。

 今日はまだやさしい。

 ほら、笑顔も見せてくれる。



「どうした?」

「……ううん。撫でたくなっただけ」

「いっぱい撫でてほしいなあ」

「……撫でられるの、好き?」



 鷹雪くんは目を細めて、ひひひと笑っている。

 かわいい人だ。

 えっちなところがなければ。

 満足したのか、「ありがと」と笑って私の手首を掴む。そして膝へと下ろされた。

 そして一歩近づいて、



「さて次は」

「つ、つぎ!?」

「全身くまなくいきますよ!」

「い、いいよ、もう……」

「今日みたいな機会、なかなかないからさ~亜子ちゃん~おねがいします」



 とかわいらしく言うあなたはずるい。

 ついつい根負けして、「しょうがないなあ」と言ってしまった。

 ここがきっと、間違いのもとだ。

 鷹雪くんは嬉しそうに笑って、私の胸に触れる。大きな手が包み込んでいる。



「ここはどう? 不満とかある?」

「……べつに、痛くしなければ、だいじょうぶ」

「なるほどなるほど。参考になります」



 神妙な表情をして胸を揉んでいく。

 ――あれ。これ、揉む必要は無いのでは?

 じ……と睨むと私の思いが伝わったのか、慌てて離れていった。



「揉みたかっただけでしょ」

「バレた」



 わはは!と豪快に笑って、今度は私を押し倒していく。この体勢……と余計なことを思い出しそうになり、頭の中からそれを追い出していく。

 あお向けでソファに寝転がった私の上に、鷹雪くんが覆いかぶさってくる。

 何故か私の足を開こうとしてきたので必死に抵抗をした。



「あっ、足は今日関係ないでしょ」

「は。そうでした。失礼しました……くせで」

「なにそのくせ……直した方がいいよ」



 わははっとまた豪快に笑う鷹雪くん。

 笑いごとではないのですけれど。

 ごめんごめんと謝りながら私の足を揃えて床におろしてくれる。

 それから私の横に手を付き、見つめてくる。



「それで、こーゆーときは?」

「……う。」



 このときの鷹雪くん、かっこいいんだよなあ。

 いつものへらへらした顔じゃなくて、真剣な顔をしてくれる。私だけを見つめてくれている。胸の奥がきゅんとする。

 今日はへらへら笑ってるから、そんなことはないけど。

 でも、もっと、そうだなあ。

 わがままをいっていいのなら――



「……て、してほしい……」

「ん? なに? ――って、わ!」

「きゃっ」



 鷹雪くんの身体が降ってきた。

 私の横についていた手がソファから滑り落ち、バランスを崩したらしい。

 鷹雪くんを受け止めて、「だいじょうぶ?」と声をかける。



「俺は全然、へーきっす。亜子ちゃんは? 怪我ない?」

「うん、だいじょうぶ」

「よかった……」



 そのまま抱きしめられた。鷹雪くんの胸の音がする。今のアクシデントのせいか、ドキドキいっている。きっと、私も。びっくりしたから。だと思う。きっと。



「ソファは狭いから危ないっすね……」

「う、うん……」



 頭が落ち着いてくると、おなかの辺りになにか硬いものが当たっていることに気がつく。なんだろう。熱くて、硬い……?



「……」



 これって。

 鷹雪くんを見つめる。

 私の表情で気がついたのか、慌てて離れていく。


「あ!ち、違うよ!? 違わないけど!? し、したいとかじゃなくて、生理現象というか。亜子ちゃんの上に乗るだけで、なんか、条件反射というか。……スイッチ入ってるわけではないので、気にしないでください。ごめん」

「うん……」

「……。あ。さっきの、もう一回聞いてもいい? 聞こえなくて」

「ええと、その……」



 改めて聞かれると、恥ずかしい。

 それにもう、叶ってしまった。

 鷹雪くんの背中に腕を回し、引き寄せる。離れてしまった身体をもう一度、くっつける。



「お、亜子ちゃん積極的」

「あのね。つ、繋がってるとき? ね。ぎゅって、抱きしめてほしい……近くにいてほしい」

「こんな風に?」

「うん。そばにいてくれると、安心する、というか。嬉しい、な」



「なるほど」と耳元で聞こえる。

 いままでも、近くにいてはくれたけれど。

 たまに遠くに行ってしまう。そんなとき、ちょっぴり、さみしい。いままでは言えなかったけれど。

 鷹雪くんの言うとおり、こんな機会はなかなかないだろうから。



「わかりました。次のときは、ぎゅってしてあげるね」

「……うん」

「ははは。いつになるかわかんねえけど」



 小さくうなずいて、鷹雪くんを抱きしめる。

 鷹雪くんもまた、抱きしめてくれる。あったかい。

 広い背中を撫でれば、また笑い声が聞こえる。



「なんかアレっすね、こう密着してると、なんかみたいだね」

「……ばか」

「ごめんごめん」



 鷹雪くんの顔を見つめると、だんだんと顔が熱くなるのがわかる。鷹雪くんがそんなこと言うから。

 鷹雪くんも同じように、顔を赤く染めていく。

 だんだんと顔が近づいてくる。

 熱い吐息が顔にかかる。

 やさしい笑顔は消えてしまって。

 目を細めて、ただただ私を見つめる。

 鼻と鼻がぶつかりそうだ。

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