4.ごっこ遊び(仮) ⑦
「ひ、ひとつだけ――!弁明をさせていただきたいのですが!よろしいでしょうか裁判長!」
「は、はい? どうぞ鷹雪くん」
亜子ちゃんは手のひらで俺に発言を促す。
こくりと頷き、俺は口を開いていく。
「見た。ことは認めます。すけべなやつ。でも、反応はするけど。男なんで!でも、なんというか、なんか違うなってことで最後まではいけなくて。結局、俺の頭の中には亜子ちゃんしかいなくて。最終的には亜子ちゃんを想像して」
「まっ、待ってー!な、なにそれ、恥ずかしい!恥ずかしい!やだ!」
「亜子ちゃんの裸を見る前に勝手にいろいろと頭の中で妄想していたことは認めます……ッ!誠に申し訳ございません!」
「ばかー!」
再三受け続けたぽこぽこ攻撃がまたやってくる。
フグのように頬をふくらませ、顔を真っ赤にしている亜子ちゃん。
先程までの切ない顔ではない。いつものかわいい亜子ちゃんだ。
「もー!信じられない。男の子ってみんなそうなの? えっち」
「亜子ちゃんは俺の妄想とかしなかったわけ?」
「なにを?」
「ナニ?」
「は?」
据わった目で睨まれた。こわい。
これ以上深入りするのはやめておこう。
「……まあそういうわけですので」
「……よくないけどわかりました。よくないけど」
大切なことなので2回言った亜子ちゃん。
まだ「よくないけど」と呟いている。
「あとこれは言い訳ですけど、別に、そう、エッチな目的だけで見てた訳でもないんだよ」
「……」
「亜子ちゃんとするときのお勉強というか予習というか」
「……」
「亜子ちゃんに嫌な思いさせたりとか、失敗とかしたらイヤだったし……」
「……ふん。そうですか」
と、亜子ちゃんは汚いものに触れるような手つきで、床に放置されていた本を手に取った。
極力触れる面積を減らして、指先だけを器用に使ってぱらぱらとめくっている。
ああ、亜子ちゃんには刺激が強すぎるのでは――
俺の心配をよそに、熟読していた。
先輩の愛読ページなのだろう。本に開かれたあとがくっきりとついているようで、そこで手が止まった。
こちらから見えるに、かなり過激なシーンのような気がする。
「あの、亜子さん?」
「…………」
突然顔を真っ赤にさせたかと思えば漫画を投げてきた。慌ててそれをキャッチする。
「ぎゃー!大切に扱ってね!?いや大切にはしなくてもいいか、こんなの」
「た」
「た?」
「鷹雪くんって、」
「俺?」
「や、やさしいんですか……?」
潤んだ瞳にじっと見つめられる。
亜子ちゃんが小さく首を傾げると、栗色のサラサラの髪が肩を滑り落ちていく。
――やさしい。
亜子ちゃんに対して、極力やさしくするように努めているけれど。もしかして伝わっていなかったのだろうか。
いつも「いじわる」と言ってくるが、あれは本気だったのか。照れ隠しのようなものだと思っていた。
「そんなに過激だったの、これ」
「……わかんないけど。……ってやだ!鷹雪くんは読んじゃだめー!」
亜子ちゃんがぶん投げた漫画を開こうとしたら勢いよく止められた。
今日の亜子ちゃんは忙しそうだ。
テンションも高い。そんな亜子ちゃんもかわいい。
「鷹雪くんがえっちなこと覚えちゃったら、絶対私にさせるもん……それは困るもん」
「ンフッ!」
予想外の発言に思わずむせてしまった。
この子は俺のことをどう思っているんだろう。
自分と同じ性知識とでも思っているのだろうか?
俺がどれだけ、色々なことを待っていると思っているのだろう。
亜子ちゃんと足並みを揃えているというのに。
「俺はたいていのことわかってるつもりですけどね……? ちょっとだけ。亜子ちゃんがいやなこと覚えておきたいから」
「……そう?」
それなら、と読むように促された。
ぱらぱらとめくっていくと、やはり先程のページで止まる。
内容はさすがに俺の口から語ることはできないが、いろいろとハードだった。
亜子ちゃんがこんなものを目にしてしまったというわけか。やはりあの先輩は(亜子ちゃんにとって)害悪すぎるので5回くらいプールに落ちた方がいい。
「……しない?」
「亜子ちゃんがいやなら」
「……うん。でもおかしいよね、この漫画。まず女の子がふたりいるのもわけわかんないし。それに女の子の口に変なもの入れるなんて絶対おかしいよ、そんなことする人いるんですか?」
「…………。」
いつかはして欲しいなあ、と思っていたことは秘密にしておこう。
「鷹雪くんも、多人数でしたいとか、思ったりするの?」
「はっ!? いやいや!全く!俺は、亜子ちゃんのかわいい顔独り占めしたいし、……俺以外触っちゃダメだし」
「……ありがとうございます……?」
独占欲が強すぎて引かれていることはわかっている。
「亜子ちゃんは」
「私も、……ってさっき言ったじゃん!ばか」
「そうだったね」
表紙を伏せて本を置き(残念なことに、裏表紙もなかなか過激だった。)、座り直す。
すると亜子ちゃんも真似をするように正座をした。
神妙な表情をするものだから、こっちまで緊張してしまう。
こんなことを聞いてしまってもいいのだろうか。
亜子ちゃんは静かに俺の言葉を待っているようだ。
「ええと。……この機会に」
「はい」
「直して欲しいこととかあったら正直に言っていただきたいのですが。宜しいですか」
「はい?」
亜子ちゃんのワントーン高くなる疑問符はかわいい。言葉の意味が呑み込めていないみたいでまた首を傾げている。
「直す……って鷹雪くんの?」
「うん!なかなかこういう話、亜子ちゃんとできないし、亜子ちゃんなんにも言わないから……我慢させてるんじゃないかって不安になってきて」
「……。――は。も、もしかして、その、え……」
「うん。セッ」
「わああああ!もうなんでっ。鷹雪くんオブラートに包まないの!」
逆にどうして亜子ちゃんはそんなに恥ずかしがるのだろう。
ぷくっと頬を膨らませ、顔を真っ赤にしている。
かわいい。
これからはわざと言ってやろうとこっそり決意した。
当の本人はなにやら考え込んでいるようで、たまに赤面をしては首を振っている。
思い出しているのだろうか。いろいろと。最中のことを。これまでのことを。
はっとしたり、口元をむずむずとさせたりと忙しそうだ。
「特にないならないで、それはそれで嬉しいっすけど」
「――あ、あの。鷹雪くんはないの? わ、私に直して欲しいこと」
「俺? 俺は――、そうだなあ。素直になってほしい、かなあ」
「すなお……」
「亜子ちゃん、なんでも1回は飲み込んじゃうからさ。なんでもボーンとぶつかってきて欲しいわけですよ、俺は」
どんと胸を叩けば亜子ちゃんはぽかんと見つめてくる。
それからカーペットを指先でなぞり、くるくると円を描いている。
小さな角のようなものを描き足し、目と鼻と口も描いた。ねこ? が出来上がった。
「不満、とかじゃないんだけど」
「おっ!なになに」
「あのね」
目を合わせてみるが、ふいっとそらされてしまう。恥ずかしいのだろう。またカーペットに妙な生き物が増えた。
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