4.ごっこ遊び(仮) ⑥

 リビングに正座で向かい合い早10分。

 亜子ちゃんと俺の間にはが置かれている。亜子ちゃんは直視できないらしく、ちらりと視線をやってはすぐに逸らしている。



「――ですので、は帰り際、先輩が俺のリュックに詰め込みまして」

「はい」

「うちに帰ってくるまでリュックを開けなかったので、本当になにが入ってるか知らなくて……」

「うん」

「……これからは必ず確認をするよう心がけますのでどうか……」



 平伏。

 頭をカーペットに擦り付け両の手もその横に置く。

 土下座。

 俺の頭のすぐ横には、裸で絡み合う男女がある。配置が悪すぎた。



「わ、私もごめんなさい。こんらんしちゃって、鷹雪くんにひどい態度を……理由もきちんと聞かなくて……頭上げて」

「いえいえいいのです……この件は俺が全て悪いのです」

「そうだよね、は鷹雪くんの趣味とはちがうもんね」

「そうでございま――ゑ!? な、なんて!? おっ俺のシュミ」



 とは。

 一体。

 思わず顔を上げると、亜子ちゃんもぺこりと土下座をしていた。なぜ。亜子ちゃんが謝る必要は1ミリもない。慌てて亜子ちゃんの頭を上げさせたが、この子の頭には接着剤でも付いているのか、なかなか上がらない。

 ひとり奮闘していると、亜子ちゃんは俺に構わずつらつらと語っていく。



「鷹雪くんは純愛とか、……あと私に似てる? キャラクターとか……なんか、よくわかんないけどなんかそういうの!多いから」

「まって。頭上げて。いや待って」

はなんかちがう……ような気がする……ら、らんこう? ってたくさんの人と……なんかそういう……だよね」

「どういうこと。とりあえず頭上げてください」



 混乱しているのはこっちだ。

 ようやく頭を上げてくれたが、今度は別の方面で頭を悩ませてくる。

 恥ずかしそうにをちらりと見て、今度は俺を向く。それからぽっと顔を赤らめた。俺も顔を赤くするしかない。時計の秒針がカチカチと時を刻んでいく。

 猫が猫砂をかけている音もする。あとで処理をしなければ。いや、いまはそんなことを考えている場合ではなくて!

 ――な、なんで亜子ちゃんが俺の趣味を!

 多いからっていった!? なんだその見てきました的な発言は。聞き捨てならない。



「亜子ちゃんもしかして」

「みてないよ!なにも!鷹雪くんのベッドの下に入ってた漫画とかなんにも見てません!大丈夫!」

「全然大丈夫じゃないんですけど!? まっ、待って本当に……」



 亜子ちゃんと一緒に住むようになってから、そういった類のものは友に譲っ処分したはずだ。

 ということは。

 それ以前。まだ結婚する前。



「……見ましたね」

「みてない、です、よ」



 ふいっと目を逸らし、ぱちぱちと瞬きをする亜子ちゃん。唇をとがらせて口笛を吹こうとしている。全く音は出ていない。

 こんなに分かりやすい嘘は久しぶりだ。



「ぐああぁ、そうか、そっかあ……うあ」



 恥ずかしい。

 まさか把握されていたなんて。

 DVD片付け忘れ事件から細心の注意を払ってきたのに。まさか。どうして。

 おふくろといい、妹といい、亜子ちゃんといい、なにゆえ女性は男の隠し事をすぐ見つけてしまうのか。センサーでも搭載されているのか。

 亜子ちゃんなら自慢のアホ毛でいろいろと感知していそうだ。なんてことを考えていないと頭が爆発しそうだ。



「男の人は、その、いろいろあるって、お勉強しましたので、だいじょうぶです!」

「……軽蔑した?」

「……ううん」

「変態野郎だって思った!?」

「ううん!……ううん」



 亜子ちゃんの瞳は、まっすぐと俺を見つめている。

 本当のことを言ってくれている。

 きゅ、と膝の上で拳を握って、ぱちぱちとまばたきをしている。俺になにかを伝えようとしているときの癖だ。

「なあに」と尋ねてみれば、一度こくっと頷いて口を開く。



「……私たち、結婚するまで……あれでしょう? だから、鷹雪くんずっと我慢してくれてたの、いまならわかるし。だから、その」

「うん……?」

「鷹雪くんなら、かっこいいし、おもしろいし、やさしいし、すぐできる女の子見つかると思うの」

「えっ」

「でも、私のそばにいてくれたし、待っててくれたし、だから、その」



 混乱してきたのか、亜子ちゃんは目をつむってウンウン唸っている。

 俺が手を握ると、大きな瞳を見せてくれる。

「深呼吸しようか」と、一緒に大きく息を吸う。

 そして同じタイミングで息を吐いていく。

 それを何度か繰り返せば、落ち着いてきたようで、またゆっくりと口を開き始めた。



「――私は、私はね。」

「うん」

「浮気とかしないで、漫画とか、DVDとか、そういうので、発散? してくれてたのが、嬉しいの」

「…………。……嬉しい?」



 発言の内容を自分でも理解出来ていないようで、亜子ちゃんは小さく首をかしげて「ちょっと違うかな?」とかわいらしく言う。

 違うのかよ。



「ううん、嬉しい……というか。そういうことするのは、あんまり嬉しくないけど」

「……男はこういうことしないとダメなんですよ……いやダメって訳でも無いけどさ」

「うん、仕方ないことなんだよね。鷹雪くんはえっちだから」

「……」



 なにも反論ができない。正論すぎる。

 はい。

 俺はえっちでスケベで変態野郎です。

 異論はありません。



「でも、だから、別の女の子と、その……ええええ、え、えっち、しないで、自分で……処理? してくれてて、よかった、なって」

「あ。……ん。はじめては、亜子ちゃんとって、絶対絶対亜子ちゃんとって決めてたから」



 亜子ちゃんのはじめても、俺が、と。

 ずっとずっと。

 きみに恋をしてからずっと。想い続けていた。

 そしてそれが、叶って。

 そんな幸せなことがあるだろうか。

 初めて恋をした女の子と一緒になって。

 純潔をいただいて。

 永久を誓って。

 家族になれて。



「ていうか、一生亜子ちゃん以外とする気もありませんが」

「……私もです」

「…………」

「…………ふふ」



 と笑うきみを見てみれば、かわいらしく頬をさくら色に染めていた。俺もつられて顔が熱くなる。

 俺たちは一体なにを話しているのだろう。

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