3.似たもの夫婦 ⑦

◇◇◇◇


 頭がふわふわとする。まだ、身体が熱い。

 外からは鳥の鳴き声がする。子どもの笑い声もする。夢の中から、一気に現実に戻ってきたような、そんな感覚。

 閉じられたカーテンの隙間から、夕陽が差し込んできた。もう夕方なんだ。

 鷹雪くんの腕の中。抱きしめられながら、ぽーっとする。

 なかなか起き上がれなくて、ちょっぴり赤い鷹雪くんの顔と見慣れた天井を見つめる。まだメガネを外していて、私の好きなエメラルドグリーンがやさしく輝いていた。この時間のあなたも好き。いちばんきれいな色に輝くから。

 何度も何度もキスをしてくれたやさしい唇が、「だいじょうぶ?」と気にかけてくれた。頭を撫でてくれる手が心地よい。



「うん」

「燃えた?」

「……うー?」



 それはよくわからないけれど。

 鷹雪くんの腕に抱かれながら思い出す。

 ――と、色々と余計なことまで思い出してしまい、また顔が熱くなる。先ほどまでの熱が蘇ってしまう。

 鷹雪くんにぎゅってされて、膝の上に座って、メガネを外して、それから……

 ちらりと見てみれば、嬉しそうに笑っている。行為のあとは、いつもこんな感じだ。

 何度も何度もキスをしてくれる。触れるだけの、くすぐったくてやさしいキス。髪にも顔にもたくさん。

 鷹雪くんのやさしい瞳に、胸の奥がきゅんとする。愛されているような気がして。

 ぎゅーっと抱きつけば、鷹雪くんの匂いでいっぱいになる。

 いまは顔を見たくない。かっこいいあなたを思い出して、また求めてしまいそうになるから。



「亜子ちゃん」

「……」

「もっかい、だめ?」

「……!」

「そんなに抱きつかれると、興奮してしまいまして」



 手を取られ、鷹雪くんの熱いところへと連れていかれてしまう。えっち。なんでもうこんなに……

 思わずそこを撫でてしまうと、鷹雪くんの口から熱い吐息が漏れる。それが耳にかかり、おかしくなってしまいそうだ。



「無理にとは言いませんが」



 はは、と笑った唇が私の前髪に触れた。

 もう。もう。鷹雪くんのばか。



「そっそろそろ、お洗濯もの、取り込まないと!」

「えー」



 がばりと起き上がり、逃げるようにベッドをおりた。

 このまま流されちゃだめだ。

 本当は、もっと、もっともっと鷹雪くんにぎゅっとしてもらいたいけれど。

 おかしくなってしまいそうで。

 欲望に飲み込まれてしまいそうで。

 鷹雪くんがいないと、だめになってしまいそうで。

 いまはがまん。



「また、……寝る前に……」



 とだけ、聞こえないように小さな声で。

 鷹雪くんはベッドの上で「ん?」と首を傾げている。聞こえなくていいよ。なんでもないから。

 私が枕元に置いたメガネ。それを鷹雪くんは手に取り、自らの顔にかける。そうすると、いつものやさしい鷹雪くん。

「りょーかいです」と声が聞こえた。

 なんでこんな時だけ聞こえるの。



「へへ。亜子ちゃんまた大人っぽくなったね」

「えっ」

「またあとで、なんてさ。」



 ははは、となにが楽しいのか笑っている。

 む、と見つめると頭をくしゃくしゃに撫でてくる。

 メガネ越しに見える瞳はやさしくほほ笑んでいる。

 さきほどの熱に熟れた表情ではない。

 いつもの、明るくてやさしい旦那さん。

 ブラウスのボタンをていねいに閉じてくれる。長い指がきれいだ。それから私の首から下がる指輪を手に取り、指先でくるくると遊んでいる。



「指にはめてないから、なかなか感じなかったけどさ。お揃いの指輪って、めちゃくちゃ夫婦っぽいよね」

「……」

「へへへ。なくさないようにしまっといてください。俺からの気持ち」



 鷹雪くんはあどけない顔をして笑って、指輪とチェーンをブラウスの中に入れてくれる。

 すとんと落ちてきて、胸の真ん中でゆらゆらと揺れた。

 鷹雪くんの指の熱が残っているのか、ほのかにあたたかく感じる。

 指輪を通じて、鷹雪くんの想いが胸の奥に入り込んできているような錯覚。指先がじんじんと痺れている。

 私も鷹雪くんの指輪を手に取り、きゅっと握りしめる。私の想いが届きますようにと。

 ふと顔を上げれば、やさしい笑顔をしたあなた。

 ぽんぽんと頭を撫でてくれる。

「ちょっとだけ、ハグだけ」と小さな声で言って、私を抱きしめた。とくとくと、いつもより少しだけ速い胸の音がする。


 それから数分。鷹雪くんが「ありがとー」と笑うと、身体が離れていく。

 強く握りすぎて、熱いくらいになってしまった鷹雪くんの指輪。そっとTシャツの襟を開き、返してあげた。

 今日はまだ目にしていない、日に焼けた逞しい胸元が見えてこっそりと赤面した。

 そんな私を見て鷹雪くんはにやにやと笑い、「あったかいっすね」と自分の胸をぽんぽんと叩いた。

 私の気持ちがつまってるんだから、あたりまえだよ。

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