3.似たもの夫婦 ⑥

 亜子ちゃんを抱き上げてベッドまで連れていけば、それだけでドキドキしてしまう。

 まだお互い衣服を身につけているというのに。これから先のことを思い浮かべてしまうから。どうしても。

 そっと身体をおろし、ベッドに座らせてあげる。俺も隣に座ればマットレスが沈んだ。ぎし、と軋む音がいやに大きく感じる。

 まだ日は高く、窓から差し込む日差しに照らされた亜子ちゃんの髪が、1本1本きらきらと輝いていた。

 まるで後光が差しているかのようだった。

 当の彼女はちょこんと座り、落ち着かない様子。俯いたままブラウスの裾を指でいじっている。第一ボタンまで閉じられた襟からは、首に下げたネックレスのチェーンがちらりと見えた。

 俺たちが夫婦だという証。

 結婚指輪が通されているチェーン。

 お互い指輪をはめることが出来ない職業のため、こうして首から下げているのだ。

 それを襟の中から出してあげると、赤い頬が俺を向く。



「今日、着けてたんだ」

「……いつも着けてるよ」

「へへ。俺も」



 Tシャツの襟から取り出せば、指輪が陽の光にあたってきらきらと輝く。

 小さな手が指輪に触れた。少しだけ、唇の緊張がほぐれたようだ。

 やわらかそうな唇は、嬉しそうに「ふふふ」と笑った。

 カーテンを閉じるために手を伸ばせば、亜子ちゃんがぴくりと反応する。もう耳まで赤くしている。

 ぴったりとカーテンを閉め切り、その手で髪を撫でる。「こわがらないで」と囁けば小さく頷いた。



「まだ明るいの、恥ずかしい」

「俺しか見てないから」

「鷹雪くんに見られるのが恥ずかしいの……」



 また俯いてしまった。

 ふむ。

 まだ照れがある。



「じゃあ今日は服脱がさないよ」

「……え」

「意外と燃えるよね、こういうのも」



 亜子ちゃんはよくわからないようで、首を傾げていた。そういうピュアなところも、かわいくてすきなんですよ。

 ふと目が合えば、引き寄せられるように顔を近づけていく。そっと触れるだけのキス。それから、だんだんと触れ合う時間が伸びていく。

 顔の向きを変える度、メガネがずれてしまう。

 もう外してしまおうか、なんて頭をよぎったけれど、これは亜子ちゃんの大切なお仕事だ。

 この小さな手にさらわれ、やさしく枕元に置かれる。そしてお互いぺこりと頭を下げる。それがないと、始まらない。

 薄く目を開けてみれば、瞳を閉じた亜子ちゃん。

 まだまだ慣れないだろうに、必死に応えてくれている姿が愛おしい。

 やわらかい頬を手で包み込んで、亜子ちゃんの体温を感じる。いつもはひんやりとしているはずの頬が、もうあたたかい。

 親指の腹で撫でると、肩をすくめてしまう。中指が耳に触れてしまえば、のどの奥から小さな声が漏れてくる。

 ようやく俺の視線に気がついたようで、かわいい瞳が長いまつ毛の隙間から覗く。

 急に恥ずかしくなったのか、小さな手が俺のシャツを引っ張った。降参の合図だ。



「キス、上手になってきたね」



 頭を撫でてあげればじっと見つめられる。

 嬉しそうだけれど、ちょっぴりもじもじしているような。そんな表情。

 亜子ちゃんは、基本的には素直でわかりやすいけれど、たまに複雑な表情をする。

 なんだろう?

 膝の上に乗せて、きゅっと抱きしめてもまだまだ見つめる。

 そんな顔をされると、胸がきゅんきゅんと痛む。

 ゆっくり、ゆっくりとベッドに押し倒していけば、「あ……」と小さな声をして俺を止めようとする。それでもなにも言ってくれない。ただただ見つめるだけ。

 亜子ちゃんは照れてくると口数が少なくなる。まだまだピュアなんだから。

 唇をとがらせ、くいくいと俺のTシャツを引っ張っている。

 なに? と顔を近づければ、ちいさな手が伸びてきた。



「メガネ……」

「あ。うん、ありがと」



 ゆっくりとメガネが外されて、ベッドサイドにやさしく置かれる。もう止まれないよ。だいじょうぶ?

 ぼんやりとした視界の中、亜子ちゃんは「よろしくお願いします」と消えてしまいそうな声で言った。頬の赤が印象的だった。


 こちらこそ、よろしくお願いします。

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