3.似たもの夫婦 ⑤
◇◇◇◇
亜子ちゃんは『兄妹』だと間違われるたび、不機嫌そうにする。コンプレックスなのだろうか。
確かに亜子ちゃんはかわいくて童顔でかわいくて、もういっちょかわいくて幼い顔をしているから、俺より年下に見られてしまうのは仕方がない。
けど。
そんなに嫌なことなのだろうか。若く見られて嬉しくはないだろうか。
わざわざ「夫婦です」なんて訂正するのも面倒だし、いつもスルーしてしまうけど。
あれからレジへと向かう際もむすっとしていて、店員さんに不審がられた。
車の中でもむすっとしていて、対向車の運転手さんに驚かれた。
家に着いてからもむすっとしていて、鷹丸と小夏が怯えていた。
「亜子ちゃん、まだ怒ってるの?」
「怒ってはないですよ」
普段は垂れている眉尻を、きりりと上げている。眉間にはシワがよっている。こんな渋い亜子ちゃん、久しぶりだ。
あれか。亜子ちゃんにはかっこいいおにいちゃんがいるから、俺みたいなちゃらんぽらんがお兄ちゃんだと思われるのがいやなのだろうか。
素晴らしきかな、兄妹愛。
そんな彼女は無言で猫におやつをあげている。とら模様が可愛い小夏ちゃんに。両手で掴むようにして、おやつのチューブに食らいついている姿がかわいい。
隣にしゃがみ、亜子ちゃんの顔を覗き込む。まだあの顔をしていた。
「そういえばお
「おにいちゃん? さあ、特に連絡はとってないし……」
「そ、そうですか」
会話が終わってしまった。
ついでに小夏にあげていたおやつもなくなった。
おやつが済めばお昼寝タイムのようで、自分のベッドに戻っていく小夏ちゃん。おやすみ。と撫でてあげれば「にゃう」とかわいらしい声でお返事をしてくれる。おやつのことは鷹丸に言ってはいけないよ。
それから、じ、と俺を見つめるかわいい瞳に気がつく。亜子ちゃんの視線は、頬にちくちくと刺さってくる。その感じがくすぐったいのだ。
なにを催促されているのだろう。
目が合えば、ふうとため息をついて床に座り込む亜子ちゃん。俺も同じように座る。
「……夫婦に、見えないのかなあ」
「へっ」
「私たち。すぐ兄妹に間違われちゃう」
「あー……」
確かに、亜子ちゃんは幼い。
同じ歳ではあるけれど、幼い。雰囲気がとても。
背が低いこともあるのかもしれないけれど、言動や思考も純粋で幼いのだ。
まだ高校生だと言っても信じてしまうほど(身体つきに関しては全然高校生じゃない。そこだけは言っておく)。
俺はといえば、まあまあそこそこ順調に発育して、背も伸びたし身体も大人っぽくなった。ありがたいことに。
それと、見た目の影響もあるのだろう。
地毛が明るめだったり。瞳の色が明るめだったり。
『日本人離れ』した外見。
お人形さんみたいにきれいな亜子ちゃん。
海外の血が入っている俺。
「俺は、兄妹だって思われても気にしないけどさ」
「……鷹雪くんは大人っぽいんだもん」
またほっぺを膨らませる。
そういうとこだよ。幼く感じさせるのは。俺は、好きだけどさ。そういうかわいいところ。
「子どもでもいたら、さすがに間違われないかも? とかなんちゃって」
「こっこども……!!」
「あ、いやっ、冗談だからね!?」
自分で言って、想像をしてしまって顔が熱くなる。
亜子ちゃんもなにか考えているようで、ゆっくりと耳の端から赤く染まっていった。
正直、子どものことはまだよく分からない。
いてくれたら楽しいのは間違いないだろうけれど。
俺に父親がつとまるのだろうか。
そんな不安も。まだまだ子どもで未熟な俺たちだから。
それに、子どもを作るとなると……あれをあれであれして、とか考えてしまって。
お互い黙り込んで数分。
亜子ちゃんの頭はショートしてしまったのか、俺の方に倒れてきた。
ぽふんと肩に亜子ちゃんの体重がかかる。
「おっと」
「……ごめんね。こどもっぽくて」
「え? 気にしてないし、亜子ちゃん大人っぽいとこもあるよ」
「どこ?」
「この辺~?」
と胸元の柔らかな膨らみに触れる。華奢な身体の割には大きなほうだと思う。亜子ちゃん以外のものを触ったことがないのでよくわからないけれど。
すぐに怒られるかと思っていたが、今日は大人しく触られている。めずらしい。
触れた箇所から心臓の音がする。とくんとくんと。小さな音だけれど。確かに鳴っている。
「えっち」とだけ、亜子ちゃんは呟いた。
抵抗はしてこない。
「俺はさ、俺だけが知ってればいいんだよ。亜子ちゃんは俺の大切な奥さんです~って」
「むう?」
「周りからなんて言われようとも、俺はわかってるし、変わらないから。亜子ちゃんが俺と結婚してくれたことも。奥さんになってくれたことも。俺を選んでくれたことも。妹じゃないことも。俺が亜子ちゃんのおにいちゃんじゃないことも。知らない人に『兄妹』だって言われたところで、俺たちが『兄妹』になる訳じゃないでしょ? ずっとずっと『夫婦』でしょ? ね?」
亜子ちゃんはこく、と頷いて、俺の手を握る。かわいい。
「私は鷹雪くんの奥さんです。鷹雪くんは私の旦那さま。……うん、変わらない」
「うん!」
ぷにぷにの頬を撫でればくすぐったそうにする。
少しずつ、耳元へと手を動かしていけば逃げるように身体をくねらせる。
耳は亜子ちゃんの弱点。
やわらかな耳たぶに噛みつくと、色っぽい声を出す。
自分の声に驚いたのか、顔を真っ赤にして口を押さえている。そんな姿もかわいくて。もっといじめたくなってしまう。
「お洗濯もの干してたときのこと、覚えてる?」
「……うん」
「つづき、したいですか?」
「私は、……私は。べつに、……どっちでも」
亜子ちゃんの悪いくせ。
主導権をいつだって俺に委ねてくる。
まだ『恥ずかしい』と思ってる。
いけないことなんかじゃないのに。
「亜子ちゃんがはっきりしないなら、俺はしませんけど」
む、とまたほっぺを膨らませている。いじわる、とつぶやいて、顔を背けられてしまった。
耳にあまく噛みつけば肩がぴくりと反応した。身体の方が正直だね。さらさらの髪に指を絡め、口付ける。髪まで敏感になっているのか、小さく震えている。ブラウスの中に手を忍ばせて、おなかをゆっくりと触れるか触れないかの距離でさすれば、ようやく観念したのか、かわいいヘーゼルの瞳が俺を向く。
「もっ……鷹雪くん、いじわる!」
「どうする?」
「…………たかくんに、いっぱいさわってほしいです」
「よくできました」
頭をくしゃくしゃに撫でてあげれば満足そうに笑う。この顔が好きだよ。
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