3.似たもの夫婦 ④

 お買い物は必要最低限。

 を心がけているけれど、鷹雪くんが「あの家具がナントカ」「あの家電がナントカ」「あのじゅうたんがナントカ」「あの植物がナントカ」と誘惑するから、なかなか進まない。

 きっと、私とふたりきりのお買い物の時間を楽しみたいんだ。うぬぼれかもしれないけれど。

 思わず笑顔になると、鷹雪くんも笑ってくれた。


 そんな楽しい時間も終わりが近づいて、ついに目的のペットコーナーに着いてしまった。

 猫のお砂とキャットフード、それともうすぐ無くなりそうだったあの子たちのおやつ。

 本当は鷹丸にあげるのは控えた方がいいのだけれど、おやつを食べてる姿が可愛くてついつい買ってしまう。あの子たちが好きなホタテ味。

 それらをお買い物かごに詰め込んでレジへと歩いていると、鷹雪くんがぴたりと足を止めた。



「ん、亜子ちゃん!ちょっとお荷物をよろしく頼むぞ」

「えっ、どうしたの」



 と訊く前に鷹雪くんは荷物を私に預け、わんちゃん用の商品が置いてある棚の方へと駆けていった。うちには犬はいないのに。どうしたんだろう。

 慌ててあとを追ってみると、背の低い女性と話している。知り合いの人でもいたのかなあ。

 観察していると、鷹雪くんは少し背伸びをして、高いところにあった商品をひょいと取る。それを女性に渡す。



「鷹雪くん」

「あ、亜子ちゃん。お荷物ありがとー!もう用事は済みました」



 ニコ、と笑って、私が持っていたかごを奪っていく。

 鷹雪くんと話していた女性は「ありがとうございます」と頭を下げている。



「手が届かなくて。助かりました」

「いやいやとんでもない。役に立てて良かったです!」

「やさしいお兄さんですね」



 と私を向いて言う。

』。『』ですけど。とはさすがに言えず。私もぺこりと頭を下げるだけ。

 では、とまたぺこり。私もまたぺこり。女性が遠くに行ったのを見計らい、鷹雪くんの手を握る。



じゃないもん」

「はは、亜子ちゃんもう遅いよ」

「むう。直接違うなんて言えないもん」



 鷹雪くんは、どう思ったのだろう?

 私の『』って言われたとき。

 ちらりと見上げれば、なにも気にしていない風の表情。いつものようににこにこ笑ってる。

 鷹雪くんはいつもそうだ。

 楽観的で、いつも笑っていて。あなたには悲しいことなんてないのではないかと思ってしまう。

 だけれど、本当はそのすてきな笑顔でなんでも隠してしまうことを、私は知っている。

 つらいことも。

 悲しいことも。

 淋しいことも。

 落ち込んでいることも。

 怒っていることも。

 困っていることも。

 怯えていることも。

 全部全部、笑顔の裏に隠してしまう。

 私が気がついてあげなくちゃ。

 守ってあげなくちゃ。

 守られてばかりはいやだ。私だって、鷹雪くんを守ってあげられるくらい、強いんだから。

 ぎゅ、と強く手を握れば、やさしく握り返してくれる。

 ――この顔は。この顔は?

 ずっと見ていると、「なに、照れるんですけど」とおどけた様子でほっぺをかく。何分見つめても表情は変わらない。崩れない。

 ほんとうに、心からの笑顔。

 ……全然気にしてないときの顔だ。



「え、マジでなに。顔になんかついてます?」

「……なんでもない」

「ああ、かっこよすぎて見とれちゃいましたか」

「ちがうもん」



 そうだよね。鷹雪くんはいつも自信があって、かっこよくて、大人っぽくて。余裕もあって。

 兄妹に間違われたとしても、痛くもかゆくもないんだ。ずるい。

 私は、いつまで経っても小さくて、子どもっぽくて、臆病で、余裕もなくて、あなたのうしろをついていくだけ。

 どうしたら変われる?

 どうしたらあなたの隣に並べる?



「お会計して帰ろ。あいつらが待ってる」



 ぐい、と繋いだ手を引かれ、鷹雪くんの隣に行く。まだ、あなたに引っぱってもらわないと、隣にはいけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る