2.おはようのちゅー ④
◇◇◇◇
がっちりとホールドされていた今朝のことを思い出す。今朝といっても、彼女が目を覚ますほんの20分前。
彼女のあの癖は早急になおしてもらいたいものだ。毎回俺がどんな苦労をしているのか知らないで。
目を覚ませば、ほぼ毎回決まって彼女の細い腕が背中に回っている。
胸には彼女の頭が埋まっている。
それだけならまだいい。かわいいもんだ。
問題は下半身。
やわらかな太ももに俺の足ががっちりと挟まれており、ホールディング。
ぷにぷにのおなかと一応筋肉のついているおなかはぴたりとくっつく寸前。
彼女は寝ぼけたままぎゅうぎゅうと俺に密着して、身体を押し当てて――
それが昨夜のような日の翌朝となろうものなら、もっと大変だ。
お互いきちんと衣服を身につけていない可能性がある。
今日は身につけていなかった日。
彼女の白い肌にはいくつかの赤い花が散っていた。彼女が身につけていたのは頼りないTシャツ1枚。
賢明な人ならば理解してくれただろう。
さて、どうして彼女がこんな癖を持つのか。
それを語るのはまた後日にしよう。
炊事の時間だ。
マグロのようにきびきびとした動きで
キッチンに大人ふたり並べば肩が触れ合ってしまいそうなほど狭い。
手持ち無沙汰だった俺を向き、指示を送ってくれる。かわいい笑顔を添えて。
「パスタあと何分?」
「えーと、2分」
「はーい。じゃあお皿用意してくれるかな」
ちゃちゃっと身なりを整えた彼女は早かった。
さすが奥さんというべきか、すぐに必要なものを用意して俺に的確な指示を出し、12時までに昼飯の用意を終わらせようとしている。
手伝うとか言っておきながら、俺の出る幕はなかった。
後ろから抱きつこうと試みたものの、ばたばたと忙しい彼女にそんなことをする隙はない。無理に抱きつこうものなら吹っ飛ばされてしまいそうだった。
――毎回こんなに慌ただしいことを……ひとりで。
もっともっと手伝おう。色んなことを。
心の中で手を合わせて感謝をしているとキッチンタイマーが鳴る。茹で上がったパスタのお湯を切り、フライパンへ。
今日のお昼はペペロンチーノ。
ニンニクのいい香りが鼻をくすぐる。
精力をつけてどうするつもりだろう、
なんて口に出したら俺はきっと殴られる。
俺の仕事はタイマーのスイッチを押すこととお湯を沸かすこと、それとお皿の用意だけでした。
完全なる役立たず。
隙を見ておはようのちゅーを、
なんて画策していたが、そんな暇はもちろんない。
たまに目が合えばにこりと笑顔を投げかけてくれて、その純さに心がきゅっと締め付けられる。
さあごはんの時間だ。
◎
小さくてかわいい俺の奥さん、亜子ちゃんは普段保育園の先生をしている。
やんちゃ盛りの子どもの面倒を見ることがどれだけ大変なことか、俺は知っている。
実際、彼女の園に通うクソガキ様を俺も受け持っている。
人の嫁に惚れ、ナンパ、さらにはセクハラまで実行しているマセガキなのであいつはクソガキ様で充分だ。
亜子ちゃんは絶対渡さない。
そんな話をしたら、彼女は「子ども相手に鷹雪くんかわいい」と笑っていた。
笑いごとではない。
俺は知っている。
クソガキ様が亜子ちゃんのパンツを見たこと、おっ……胸を揉んだこと。
俺だって普段は我慢しているのに。
あのクソガキ様は。
子どもという職権を乱用しやがって。
許さん、と勝手にライバル心を抱いていたらまた彼女は笑う。
だから笑いごとではない。
「亜子ちゃん、子どもって好き?」
「へ!? きゅ、急になあに、きらいだったら保育士さんしてないよ」
「だよねー」
「うん……」
辛いところに当たったのだろうか。
顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
唐辛子控えめにしていても辛さには勝てないようだ。
かわいい舌をしている。
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