1.眼鏡を外して。 ⑥

◇◇◇◇


 きみの言う通り、ほんの少しだけアルコールが残っていたのか。

 今日は心の声がダダ漏れだ。


 ほらまた。

 彼女が驚いたような顔をして、

 それから嬉しそうに笑う。

 天使のようなやわらかい笑顔。


 こんなピュアで真っ白な子を、

 俺の手でどんどん汚していく。

 乱していく。

 その罪悪感と、高揚感。



「ふふふ。たかくん」

「ここ、気持ちいい?」

「……うん」

「うん」



 頭のてっぺんからつま先まで。

 きみの隅々まで味わいたい。隅々まで知りたい。


 どんなことできみが喜ぶのか、

 どんなことできみが嬉しいのか、

 どんなことできみが笑うのか。


 つき合いはもう7年になるけれど、

 知らないことだって沢山ある。


 もっときみを教えて。

 俺からも、たくさん教えてあげるから。



「亜子、愛してる」



 ああ、また。

 こんなくさい言葉。

 絶対笑われてる。


 はっきりとは見えないけれど、栗色の髪が揺れている。


 白い腕が伸びてきて、俺の背中を捕らえた。

 よわい、よわい力で引き寄せられて。


 ピントの合う位置できれいに見えた、彼女の笑顔。

 実際きれいだった。


 頬は赤く色づいて、瞳は潤んできらきらと。

 ピンク色をした唇がそっと開く。



「私もたかくんのこと、だいすきよ。……愛してる」



 心の奥のほうでなにかが崩れて、

 ぎゅっと締めつけられる。


 "心臓を鷲掴みにされた。"

 そんな表現をよく見かけるけれど、 これか?


 自分では抑えられない。きっと。


 食べてしまいそうなほど強く、彼女の唇に噛みついた。


 たぶん俺たちは、相性がいいのだと思う。

 触れるたびに新しい熱が生まれて、彼女が艶のある吐息をこぼす。


 大丈夫? 痛くない?

 と問いかければ、やさしい笑顔を見せてくれる。

 きみの気にするぷよぷよのおなかを攻めてみれば、「やめてよ」とくすぐったそうに腰をうねらせる。


 気持ちがいいだけの夜もきらいではないけれど、それでもやっぱりきみが笑っていたほうが嬉しい。

 気持ちがいい。心地がいい。



「たかくん」



 とやさしい声に呼ばれ、ゆっくりとひとつになっていく。

 きみにやさしく包まれ、ゆっくりと。


 手を繋いで、

 なでて、

 キスをして、

 きみのリクエストに応えながら少しずつ。


 ああ、もっと近くできみのきれいな顔が見たいな。

 声が聞きたいな。


 小刻みだったかわいらしい声が、

 少しずつ、色っぽい声に変わっていく。


 俺にしか見せない顔。声。

 誰にも見せちゃダメだよ。


「亜子」


 と名前を呼べば、

 ふふ、と笑った。

 子どものような無垢な笑顔。

 俺はこの笑顔に弱い。


 求めあって、交わりあって、愛を確かめあって。

 一息ついて。


 ゆるゆると彼女の髪をなでていると、おおきな栗色の瞳に見つめられる。


 キスかな、

 なんて思ってそっと唇を重ねれば、またふふふ、と笑う。当たったのかな?


 小さな手がぽんぽんと俺の頭をなでる。

 今日はとても機嫌がいいようだ。

 いつもは恥ずかしがって目を合わせることすら困難なのに。


 赤い頬をした彼女が口を開く。



「ありがとう」

「ん?」



 なにがだろう。


 "相手をしてくれて?"


 それは俺のセリフだし、

 気持ちよくしてくれて「ありがとう」なんて、シャイな彼女は言わないだろうし。


 そばにいてくれて、かな。

 そんなの。



「俺もありがと」



 やわらかい頬をつつけばぷっと膨らんだ。



「はは、ごめん。水持ってくる」



 怒りを鎮める冷たい水を。


 メガネをかけて部屋のドアを開ければ猫たちが足に絡みつく。


 俺の顔を見てにゃーにゃーと鳴いてから2匹とも亜子ちゃんの元へ向かった。

 もう少しそっとしておいてあげろよ、とは思ったけれど、お猫様にそんな気遣いができるはずもなく。



「きゃー! たーくん、なっちゃんっ、くすぐったいよう、あはは、だめ、やんっ」



 ベッドから聞こえる悲鳴に羨ましい、畜生、と視線を送ってからキッチンへと向かった。

 亜子ちゃんは動物に愛されるかわいい奥さんなのである。


 流しにはまだ洗い物が残っていて、それらを洗ってからコップに水を注ぐ。


 つめたいつめたい。

 熱がさめていく。

 彼女の熱。さませてしまっていいものか。


 今日は金曜日。

 夜はまだ始まったばかり。

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