1.眼鏡を外して。 ③

◇◇◇◇


 普段はあんなこと、しない人なのに。

 胸がドキドキしている。


 彼の唇が触れた箇所が熱を持っている。


 ――旦那さん。


 結婚してもうすぐ3ヶ月になるけれど、どうしても慣れない。

 彼のひとつひとつの行動に、いつだって心を振り回される。愛しい気持ちが増えていく。


 ほら、また。

 玄関で抱きついてきたこと。

「ありがとう」って言ってくれたときのこと。

 頭を撫でると気持ちよさそうにしてくれたこと。

 本当に美味しそうに私のごはんを食べてくれること。

 それから――おでこの、キス。


 ひとつひとつ思い出しては、胸が暴れる。

 くるしいくらい。



鷹雪たかゆきくんのばか……」



 こんなにドキドキしっぱなしで、

 これからも結婚生活を送っていけるのだろうか。私がおかしくなってしまいそう。


 お風呂の水面に映る顔は真っ赤だ。

 私、ずっとこんな顔してたのかな。

 はずかしい。


 全部ぜんぶ、鷹雪くんのせいだよ。



「亜子ちゃん、風呂準備できた?」

「ひゃうっ!――たたた鷹雪くん……っ!」

「?」

「あ、うん、お風呂、いいよ、どうぞ」

「どしたの」



 なんでもないよ。

 あなたを想ってときめいていただけだから。


「あ、一緒に入るー? ……なんて」

「へ……! へ!?」



 結婚してから、何度か一緒に入ったことはあるけれど。でも、その度に私がおかしくなってしまいそうで。心の準備をする時間が欲しい。


 自分の身体を見られることも、

 相手の身体を見ることも、

 どっちも私にはハードルが高すぎて。


 ――それに鷹雪くん、すごくいい身体をしているから。

 おなかぷよぷよの私は隣にいるだけではずかしくなってしまう。筋肉もない、ほぼぜい肉でできただらしのないこの身体。

 以前そんな話をしたとき、


「亜子ちゃんが腹筋バキバキだったらこわいよ……」


 とは言ってくれたけど。

 やっぱりはずかしいものははずかしい。



「いや?」

「ご、ごめんなさい……!やっぱりこんな身体、明るいとこじゃ」

「そんな気にするほど太ってないし、スタイルも悪くないと思うけどなあ。肌きれいだし。胸も背中もおしりもさ……もっと自信持ちなよ」

「……えっち」

「あ、ごめん」

「あんまり、じろじろ、見ないなら……」

「え」



 あなた、おだて上手なんだから。

 少しの間、驚いたような顔をした彼のぬくもりを感じて。

「ありがとう」と囁いた彼の声に勇気をもらって。


 お風呂もちょうどあたたまった。

 私より、少しだけ熱い温度。

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