第32話 三年ぶり

 僕は自室に戻ると、デスク前の椅子に腰を下ろした。


「…………三年ぶりだな」


 強張った声色で、そう呟いた。

 静かにデスクトップパソコンを起動して、Wordを立ち上げる。

 三年間の空白があったにも関わらず、一連の流れは僕の手にしっかりと染み付いていた。

 書体を縦書きに変更して、段落先頭の字下げを行う。

 後は文章を綴っていくだけだ。

 三年前のように、面白い会話文を、緻密な地の分を書き進めていくだけ。それだけなはずなのに、酷く息が詰まる。呼吸が乱れ始めると、指先が連動するように震えた。やがて腕全体に震えが走り、呼応するように身体が悪寒で包まれる。


「――おぇッ」


 咄嗟に口元を手で抑えて、トイレに駆け込んだ。

 逆流してきた胃酸を吐き尽くすと、幾分か悪寒は治った。


「まさか、書くことすらままならないとはな……」


 自ら筆を折ったとはいえ、文章の質が落ちているならともかく、筆を持ち直すことすらできないのは完全に想定外だった。あの時の三次審査落選に強く影響を受けていたのか、はたまた別の理由かは定かではないが、文字を書けないのでは話にならない。

 スランプどころか、執筆行為その物がトラウマになっているようだ。

 再び椅子に座り込むと、僕は腕を組んで長考した。

 そしてふと、大切な彼女の顔が浮かび上がっている。思考の中まで毒されていることに苦笑しつつ、僕は気持ちを固めた。


「僕ができることなんて、これしかないもんな」


 別に文章が下手くそだっていい。

 馬鹿にされたっていい。笑われたっていい。

 ただ僕は、自分の想いを文章に綴るだけなのだから。

 途中で三度ゲロを吐き、息苦しさに苛まされながらも、


「できた、できたっ!」


 僕は小説を、作品を完成させた。

 うんっと背伸びをすると、窓から差し込む日差しに目が眩む。

 文字を書き続けることに神経を尖らせすぎて、時間の感覚が薄れていた。

 僕は完成した作品と、別でもう一作品をUSBメモリに保存して、急いでコンビニに向かった――。

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