第25話 一人目と二人目の彼女

 喫茶店を出た僕たちは、PARCO西館へ入場していた。

 一階はジュエリー系のお店が多く立ち並び、恋人同士だけではなく女性グループで買い物を楽しんでいる人も大勢いた。ふらりと店内に立ち寄った客、それを狙い定め接客する店員、どこもかしこも似た流れで人が動いている。

 もし自分が店の中に入ったらと思うと、恐怖でしかない。


「怖い」

「怖くないですよ。ほら、手繋いであげますから早く歩いてください」


 手を引っ張られ、エスカレーターを上がる。

 二階からはアパレル系列のお店が大半を占めており、お洒落上級者があちこちでたむろしていた。西館は女性物をメインに取り扱っているためか、店員さんも若く美人ばかりで眼福……。


「先輩、なに鼻の下伸ばしてるんですか?」

「痛い、お願いだから首根っこ抓らないで」

「帰ったらお仕置きですから。可愛い彼女が隣にいるのに他の女性を見つめるなんて信じられません」

「……悪かったよ」


 七階まで上がると服ばかりの景色から一転し、飲食店が隣接するレストラン街が姿を現した。通路は人で溢れかえっており、昼食の時間帯も相まってか店の前に長蛇の列ができている。人垣を見るだけで軽く食欲が失せそうな光景だ。

 そして目的の八階まで到着すると、すぐ目の前に学生御用達のスイパラが、その反対側にはイラスト展入場の受付が備えられている。階下と比較すれば随分と人の行き来は少なくなり、僕はようやくまともに息をついた。


「……死ぬかと思った」

「全く、甲斐性のない人ですね。わたしの男性恐怖症に勝るとも劣らない対人恐怖症でも持ち合わせてるんですか」

「僕はカースト最底辺の陰キャだぞ、ぼっち舐めんな」

「それ堂々と自慢できることじゃないですからね?」


 花恋は繋ぎ合わさっていた手を離すと、僕の背中を叩いた。


「ほら、行きますよ〜」


 受付の前まで移動すると、二人分の入場チケットを購入する。

 高校生以下は五百円と比較的リーズナブルな値段設定になっており、イラスト展へ誘って連れてきたのは花恋だからか、この場は彼女がまとめて支払ってくれた。

 会計を済ませている間に、壁際のイラストを眺める。

 小説専門で絵にあまり関心のない僕でも、ラノベの表紙絵やTwitterで見覚えがあるようなイラストばかりだ。花恋がベタ褒めする気持ちがなんとなくわかる気がする。

 ――これは、レベルが違う。

 オタク産業の看板を任せられる人は、まぁ割と存在する。

 だが、今の業界の歴史に名を残せる人がどれだけいるかと聞かれたら、恐らく片手の指があれば事足りるだろう。

 小説で例えるならシリーズ累計数百万部と一千万部超えの差だろうか。前者はレーベルの看板を担うに相応しいだろうが、完結してから数年経てば話題にも上がらなくなる。対して一千万部超えの作品というのは完結しても尚、長きにおいて語り継がれるものだ

 このイラストレーターは後者の存在だろうなと実感させられた。


「ふふっ、楽しみですね?」

「そうだな、早く入ろうか」


 顔に高揚感の色が浮かんでいたのか、花恋がからかうように笑った。

 受付を跨いだ先には即席で作った仕切り壁が何重にも重ねられている。まるで迷路のような通路が続き、出口まで様々なイラストが飾られているらしい。

 花恋は機嫌が良いのか、ステップ気味に入場口を進んでいった。


「わぁ、これとか凄すぎませんか……? 独特なタッチなのに気を衒った感じがしませんし、文句なしのクオリティですよ」

「タッチとかよくわからないけど、君が言うならそうなんだろうね」

「はい、これ以上の完成度でイラスト描ける人、いないんじゃないですかね」

「そこまでなんだ。確かに、素人の僕から見ても凄いのだけは伝わってくるけど」

「テストで九十点台取るのは簡単だけど、百点は難しいみたいな感覚です。ま、わたしは百点より下の点数取るほうが難しいですけど」

「なるほど、つまり君は将来これと同等のイラストが描けるようになると」

「描きますよ、絶対に」


 ……不躾な言葉だったな。

 僕が苦手克服の助力をせずとも、いずれ花恋は自分の力で羽ばたき、その頂点をもぎ取ってしまう。そう思わされるほど桜色の瞳には強い意思が篭っていた。


「よし、花恋が商業デビューしたら紐にして貰おう」

「わたしの紐になるなんて、それ相応の覚悟が必要ですよ?」

「家事全般は任せてもらおうか」

「残念ですね、わたしの紐になるには夜のお世話が抜けていますよ」

「……もう少し声のボリューム下げような」

「……先輩、ちゃんとわたしの性処理してくださいね?♡」


 わざとらしく上目遣いになって爆弾発言を放り投げると、周囲からギョッとした視線が向けられた。この状況を作り上げた当の本人はおかしそうに笑って、てとてとと先に歩いて行く。


「でも、やっぱり来た甲斐がありましたね。画面で見るのと印刷されたイラストを見るのとじゃ全然違いますから」

「僕はただただ辱めを受けただけなんですけどね?」

「やだなぁ、ジョークがジョークじゃないですかぁ」

「つまり本気だったってことね、絶対にやり返してやるから覚えておけよ」

「いやん、せんぱぁいのえっちぃ♡」

「だからそういうのやめろって⁉︎」


 やはりオタクコンテンツだからか、客の男女比率が傾きがちだ。

 男の人から熱い(殺意)視線が注がれ、今までにない居心地の悪さを感じる。

 分かる、多分他の人と立場が逆なら、僕も『リア充爆ぜろ』って無意識のうちに呟いていると思うから。でもやめて、お豆腐メンタルな僕の心が病んじゃうよ。ぴえん。

 彼女の背中を押して、出口の方へ向かうように催促する。


「ほら、もう十分見物しただろ。そろそろ出ようよ」

「あ、ちょっと待ってください。グッズだけ買ってきてもいいですか?」

「それくらいなら」


 出口の横に備え付けられた販売コーナーに足を運び、様々なグッズを吟味する花恋。キーホルダーからイラスト集まで多種多様なグッズが揃えられている。花恋の横で僕もそれを眺めていると、ふと、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。


「……凜々人? なんでここにいるの……?」


 背中の方に振り向くと、そこにはもう一人の彼女が佇んでいた。

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