第13話 更紗の創作開始
黒歴史を封じ込めたその後、僕たちは自室でくつろいでいた。
更紗はベッドを占領し、「あと数十ペーシで終わるから」と読書に浸っている。なんでも、続きの巻を持って帰りたいかららしい。
昨晩貸したばかりなのに、二日で一冊のルールを律儀に守っているところは素直に好感が持てるし、せっせとページを捲る姿はなんだか微笑ましく思えた。
枕を顎とシーツで挟むように寝転がり、スカートが乱れて白く艶やかな太ももが目の毒ではあるが……。
「視線がえっち」
「なるほど、わざとやっていたんだな」
「意図的にやったわけじゃないもん。それに凜々人だし、気にしてもしょうがないでしょ」
僕は少しだけ間を空けて、問いかける。
「……それは幼馴染だから気を許してるってことか?」
「違う、ヘタレでチキンで意気地なしで童貞だから」
「よし、襲われても文句言うんじゃねぇぞ」
「どうぞご勝手に〜」
更紗はこちらを見向きもせず、ぱらりとページを捲りながら答えた。
本気で襲ってやりたくなったが、僕にそんな度胸がないことは言うまでもないだろう。
「よしっ、読み終わった! ……んんー、はー、疲れたぁ」
背伸びしながら起き上がると、更紗は読み終わった本を本棚に戻し、代わりに次巻を抜いていく。
その一連の動作は、まさしく我が物顔で部屋を占領している彼女の絵面だった。いや、今は偽物とはいえ彼女なのだから正統な権限を行使しているだけか。
それに僕も――更紗になら、まぁいいかと気を許してしまっている。
ただ、そんな自分を認めるのも気恥ずかしく、適当な話題転換を試みた。
「この状況を文章に書き写して、ネット小説に『不仲な幼馴染となぜか付き合うことになりました』ってタイトルで投稿したら人気出そうじゃないか?」
「私と凜々人を生き写しにするのはやだ。作中でラッキースケベとかキスシーンが出てきたら思わず凜々人を殴っちゃいそう」
「それただの八つ当たりだよね? ヤメヨウネ?」
デスク前の椅子に座っていた僕は、仰々しく両腕でばってんを作る。
「そういえば、今ってなにか書いてるのか?」
なにか、というのは現在取り掛かっている作品はあるのかということだ。
高校生が勉強をして本を読んで小説を書く、なんて全てを成立させるのは簡単な話じゃない。新人賞だって毎月開催されているわけではないし、学生を本分とする僕らには来月に中間テストが待ち受けている。
更紗はどこか抜けているところがあるし、念の為こっちでもスケジュール管理をしていた方が得策だろう。
「ううん、なにも。ぼんやりとラブコメ書こうかなとは思ってるんだけど、思い浮かぶネタがどれもぱっとしなくて」
「そうか、まぁ急いで良くなるわけでもないし……」
……かと言って、遅すぎるのも問題だ。
僕は腕を組みながら長考していると、一つ思い出したことがあった。
「次の新人賞だけど、直近のでいえば六月末締切のMJ文庫があったよな。そこを目標に執筆を始めていくのはどうだ?」
「六月末かぁ……うん、それならなんとか間に合わせれそうかな」
今が四月上旬なので、今月はプロット作りと早めのテスト対策をし、来月から本文に取り掛かれば大丈夫だろう。
本人もうんうんと頷いているので、執筆が間に合わないということも無さそうだ。
「よし、決まりだな。プロットが出来上がったら一度確認させてくれ」
プロットというのは、俗に言う小説の設計図や設定集みたいなものだ。
小説界隈ではプロットの有無に賛否両論あるが、絶対にあって困るものではない。本文に行き詰まってもプロットを見返すだけで展開や構成を再確認できるし、受賞を狙いにいくのなら必要不可欠な物だろう。
だから僕は、物書き界隈では極々ありふれた言葉を投げたのだが……。
ぎくり、更紗の肩が跳ね上がったのを、見逃さなかった。
「まさか貴様……」
「そうです! 私がノープロット戦法の達人です!」
「僕が言い切る前に開き直るなばか!」
「だ、だってぇ……先に言っておかないと、また凜々人にぐちぐち指摘させると思って……」
「当たり前だろうが!」
椅子から立ち上がって一喝すると、更紗はしゅんと身を縮めた。
「こほん……今のは僕も悪かった、声を荒げてしまってすまない」
「う、ううん……私も小説の話でふざけたこと言ってごめんなさい」
「……普段からそれだけ素直だったら可愛げもあるんだけどな」
居心地に悪い空気を吹き飛ばそうとそう茶化して見せるが、案の定コツンと殴られてしまった。力加減が優しかったので、少しは僕の意図を汲み取ってくれたらしい。
果たしてそれは僕の身体を労ってか、小説の話を早く進めるためか。間違いなく後者だろうなと胸内で苦笑いしながら、僕はもう一度咳払いをした。
「兎にも角にも、プロット無しで受賞できるのはほんの一握りの天才だけだ。そういう天才は初応募で受賞をもぎ取ってしまえるような人だよ。対して、六回も連続で一次落ちしている君は無才だということを忘れるな」
厳しい発言かもしれないが、それが現状更紗の立ち位置だ。
もっと残酷な言い方をすれば、一次落ちした作品は受賞争いの土俵にすら立てなかったということ。もちろん落ちた作品を他の公募に出したら受賞した、なんて例外もあるが、まず期待はできないだろう。
「そう、だよね……うん、わかった……」
それは僕への返事というよりは、自分自身へ言い聞かせるような相槌だった。
「プロットの作り方はわかるか?」
「多分、なんとなくだけど」
「自分で説教しておいてあれだが、プロットなんてなんとなくでいいぞ」
「そうなの?」
コクリと頷いて、自分の作り方を幾つかレクチャーしていく。
「それこそラブコメならファンタジーのように設定を詰めていく必要もないしな」
「それは確かに……ネットで見かけたファンタジーのプロットは意味不明な単語が沢山並んでた」
「意味不明とか言わないであげてぇ……それ僕にも刺さるからぁ……」
僕が初めて書いたファンタジーなんて、神具とか精霊とか厨二病設定発動しまくって、プロットの文字数が軽く二万文字を超えていた。
軽く泣きそうになるのを堪えて、話を続けていく。
「重要なのは、自分が忘れそうなことを書き連ねていくことだ」
「ふむふむ、重要なこと」
「ああ。いいアイデアが閃いても、ふとした瞬間に忘れることってあるだろ? 例えば登場人物の笑える掛け合いとか、次のデートで着させる服とか、絶対に入れなきゃならない伏線とか」
「……あるあるだ、聞いてるだけで頭抱えたくなる」
「だろ? だからプロットなんてのは忘れないようにメモ書きするものだと思えばいい。まずは大まかな時系列や展開を書いておいて、ふと思いついた会話文やネタ、伏線をそこにメモっとけばいいんだよ」
「なるほど……それなら私にもできそう、かな……」
顎に手を添えて考え込んでいる更紗を横目に、僕は再び椅子に腰を下ろして、デスクトップパソコンを起動させた。物は試しというが、今の更紗には見本になるものを見せた方が手っ取り早いだろう。
カチカチとマウスを鳴らし、一つのテキストファイルを開いた。
「これ、僕が昔ラブコメ書いた時のプロットだけど、実際に見てみてどう思う?」
僕は口の片端を上げて、そう訊ねてみる。
更紗はぽかんと口を開いて、顔に動揺の色を浮かべていた。
「え、え? これがプロット……? 本当にただのメモ書きにしか見えないし、素人からしたらただの落書きにしか……」
「だからメモ書き程度でいいんだよ、これならできるだろ?」
「凜々人にできて私にできないことなんてないもん」
「その減らず口が出るなら大丈夫そうだな。ちなみに僕の最高記録は二次通過だから、その理屈でいくなら更紗も二次通過までは余裕だよな」
「…………さーてと、家帰ってプロット作ってみようかな〜」
「おいこら無視すんな」
僕のチョップをひょいと避けて、更紗は風に吹かれるように部屋を出て行った。合鍵を持っているので、僕が玄関まで見送らなくても気を利かせて施錠してくれるだろう。
こうして、更紗の創作が本格的にスタートするのだった。
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