第11話 幼馴染と浮気
さて、ラノベで言うところの『あ〜んイベント』を滞りなく終え、放課後――。
僕は腕を組みながら思慮を重ねつつ、帰路に立っていた。
別に勉学や友人関係に悩みを抱えているわけではない。言うまでもなく、二人の恋人が出来てしまったという不思議な巡り合わせ、それに付け加え、物書きと絵描きのアドバイザーとして就任してしまったことについてだ。
花恋については事前に具体的な助力はできないと申し出ている分、肩を重圧で押し潰されるようなことはない。
しかし、更紗に関しては話が別だ。自分から気持ちを焚き付けてしまった手前、役目を投げ出すことも適当に助言することも叶わない。何より、元物書きとしての血が、意思が彼女を助けろと騒いでいる。この高揚感は筆を折ってしまった時以来の物だった。
「しかし……どうしたもんかなぁ……」
きっと、更紗自身のポテンシャルはそこまで悪くはない。
だが仮に、僕が小説の道を頓挫した三年前から創作を開始していたとしても、更紗の執筆歴は長くて三年。中高生の三年間で生み出せる作品など、両手の指があれば事足りるだろう。
ただ、圧倒的に執筆量が足りていないのに対し、恐らく当時の僕よりもストーリーの構成や展開の作り方は上手だと思う。……その他は壊滅的だけど。
そして、今の更紗に不足しているものは主に二つ。
登場人物への共感性と、世界観に見合うだけの文章力だ。
後者は執筆量が物を言う世界だし、特別問題視しているわけではない。
だが……登場人物への共感性は、無闇に執筆を重ねるだけでは会得できるものじゃない。
何を隠そう、この僕だって登場人物の評価は散々だったのだ。選評でボロクソに批評してくれた編集者はもれなく藁人形に釘を打ち込んである……というのは、まぁ冗談ではないが、とにかく僕ですら壁を感じた難題なのだ。
キャラ作りだけは更紗と二人三脚で手探りしていくしかないだろうな……。その答えに辿り着けるかすら、今の僕では怪しいところだ――
「ぶほぉっ………⁉︎」
だ、だだだだああぁぁぁ⁉︎
背中に強烈な衝撃が奔り、僕は思わず踏鞴を踏む。
足下が落ち着くと、後ろを振り返った。
「……この暴力女、クソ幼馴染、ゴリラ」
「ちょっと最後のは聞き捨てならないんだけど⁉︎ 私そこまで太ってないよ⁉︎」
「なんで更紗が逆ギレするんだよ⁉︎」
追撃と言わんばかりにスクールバッグが僕を襲う。
三回ほど打撲すると更紗も不機嫌を解消したようで、ふふんと鼻を鳴らしながら僕の横を歩いた。
……痛罵を浴びせた結果がこれとは。もうゴリラはやめておこう。次はチンパンジーだ。
などと胸内で決意を固めていると、更紗は僕の横腹をツンツンと小突いて訊ねてくる。
「なにか考え事でもしてたの? 後ろから呼んでも返事なかったから」
「……それは僕をぶん殴るための虚言かなにかか? そんなに僕に恨みでもあるのか?」
「ちょっと言ってる意味がわからないんだけど」
ご、ごほん。話を逸らすため、わざとらしく咳払いをして佇まいを整えると、更紗は「それでなに考えてたの?」と首を傾げて催促してくる。その際、僅かながら更紗の鼻先が僕の制服に擦り、一瞬だけ彼女の顔が歪んだように思えた。
「僕と君のこれからのことだよ」
「……それって遠回しに口説いてる?」
「そんなわけないだろ。常識的に考えろよ、常識的に」
「むっかつくぅ〜!」
あざとく頬を膨らませると、更紗はふんっと外方を向いた。
そんな更紗の後頭部に「ていっ」とデコピンを入れて、僕は考えを開陳する。
「どうしたら更紗が受賞できるか、それをずっと考えてるんだよ」
後頭部を撫でながら、更紗は少し驚いた顔をしてこちらを見やる。その顔にはもう浮ついた気持ちはなかった。ただ、純粋な好奇心と成長の糧を取り込もうとする作者の顔だ。
僕の助言であれば、今の更紗はきっと全てを取り入れようとするだろう。かつて僕の小説を「好き」だと言ってくれた更紗だからこそ、元小説家としての僕を慕っているからこそ、それが容易く想像できる。
……だから、下手なアドバイスはできない。僕に失敗は許されない。もしもまた一次落ちなんて結果を出せば、更紗は不適格な助言を出してしまった僕ではなく、自分の無才さを呪うだろう。
そして、今度こそ自殺を決行してしまうかもしれない。
それだけはなんとしても防がなければならないのだ。
僕は、更紗の幼馴染だから。
「でもなぁ……キャラクターに共感性を持たせる方法なんて、僕だって喉から手が出るほど知りたいのに……どうしたもんかな……」
「私たちには人生経験が足りない。それを補うための恋人関係でしょ?」
「そうだけど、別に僕たち恋人っぽいことしてないし」
「た、確かに……むぐぐぅ……」
更紗は何度か唸り声をあげると、突然ぷしゅーと擬音が聞こえそうなほど顔を真っ赤にして、僕の手を両手で握り締めた。
「それじゃあ、えっちなこと、してみる……?」
「しない、絶対しない」
ぶんっと腕を振って更紗の両手を引き剥がす。
「更紗の初めてを奪ったら強制的に結婚ルート突入なんだろ、やだよ」
「や、やだってなにそれ⁉︎ そんなに私のこと嫌いなの⁉︎」
「ちげーよばかっ! まだ高校生なのに結婚とか早すぎるだろ!」
「あっ、え、そっち……? じゃあ高校卒業したらいいの……?」
藍色の瞳を潤わせながら、学ランの裾をきゅっと摘んできた。
「うぐっ……そ、それはその時になってみないとわからない……」
「そ、そっか……」
彼女はえへへ、と照れ隠しするように笑ってみせる。
それは反則だろうが……もっと自分の可愛さに気付けよ、ばか……。
反射的に視線を逸らして、僕は胸内で毒づいた。
「ふん……恋人っぽいことなら他にもあるだろ、デートしたりとか、デートしたり……? なぁ更紗、恋人って他になにするの?」
「……デートかえっち?」
「極論ぶっ込まないでください。そういうところが子どもっぽいんだよ」
「凜々人だってこの二択しか思い付かないくせに。そういうところが陰キャっぽいんだよ」
「なんだとこの野朗、僕は確かに童貞で陰キャだけど、君みたいに子どもっぽくはないぞ!」
「だから男じゃありません! ただの超絶美少女です!」
「そうだったねマイハニーこんちくしょう!」
謎に叱咤され、口喧嘩に言い負けた僕は悔し涙を浮かべていると、更紗はぽすんっと肩に掛けていたスクールバッグを地面に落とした。それから両腕を僕の背中に巻き付けてくる。
見事に身動きが取れなくなった僕の胸元に顔をうずくめて、更紗は冷や冷やとした声音を発した。
「あったよ、恋人っぽいこと」
「な、なんだよいきなり……」
戸惑った様子で訊ねてみると、更紗は顔を上げ、虹彩を失った瞳で睨みつけてくる。
「浮気チェック――ねぇ、凜々人の制服から香水の匂いするけど、どういうこと?」
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