第9話 あざとい後輩とお弁当

「それで、学年カーストトップの君が、どうして僕を屋上なんかに呼び出したんだ」


 花恋と塔屋の外壁を背もたれにして座り込むと、僕はそう問いかけた。

 昨晩、更紗の改善策に頭を悩ませていた僕の元へ、半ば強制的に交換させられたLINEが届いた。


(花恋)先輩、明日のお昼、一緒に食べましょう!

(凜々人)ええ、やだ

(花恋)あ、それでは録音したものを学校の先生に渡しておきますね〜

(凜々人)わかった、わかったから!


 といった感じで脅迫材料をちらつかされ、素直に従う他なかった。

 ため息混じりに呼気を吐き出すと、澄み切った青空に溶けていく。まるで、自分の存在がちっぽけな物だと示されているようだ。換気目的で窓を開けているせいか、下から小さな喧騒が響いてくる。


「それはもちろん、大好きな先輩と昼食を取るために決まってるじゃないですかぁ」


 にへらと小悪魔的な笑みを浮かべて、花恋が答えた。


「そういう建前はいいから。早く用件を教えてくれ」

「むむ、頑なですね。先輩ってちゃんとおちんちん付いてます?」

「付いとるわっ!」


 ……いかんいかん、こいつのペースに巻き込まれると、どうにも調子が狂う。


「そうですね、先輩が私のこと名前で呼んでくれたら教えますよ」


 なるほど、昨日の今日で恋人の振りをさせられてるわけだが、確かに彼女を呼ぶ時は「君」とか「お前」とか二人称代名詞で済ませていた気がする。

 僕は妙な面映さを気取られないよう、渋々といった感じで名前を呼んだ。


「……花恋、教えてくれ」

「羞恥心を誤魔化して不貞腐れてるの、すっごく可愛いですねっ♡」

「うるさい、余計なお世話だ」


 心の底まで見透かされた気分になり、僕は落胆した。

 学年カーストトップの座は伊達ではないということだろう。相手の思考を読み取るのはお手の物といった様子だ。

 頬を小突いてくる更紗の指先を払い退けると、僕はコンビニ袋から取り出した菓子パンに齧り付いた。


「えへへ、でもさっき言った通りですよ? 純粋に先輩とお昼ご飯を食べたかっただけです」

「それ、他のやつに言ったら十中八九惚れられるから気を付けろよ」

「安心してください、こんなことは先輩にしか言いませんっ!」

「そこまで言い切ってテンプレか……」


 学内でも比較的影の薄い僕と、入学早々に学年カーストトップを狙い取った花恋。

 我が身のことながら、奇妙な巡り合わせだと思う。

 だが、その巡り合わせは、きっと偶然なんかじゃなく必然だったのだろう。

 メアドの件も含め、僕は花恋の手中にある。抗っても抜け出せない蟻地獄で踊らされているような心地だ。

 僕はしばし言葉の意味を探り、再び問いかける。


「つまり花恋は、僕と一緒に食事を取ることが苦手の克服に繋がると思ってる、ってことか?」

「おお、正解です。さては先輩、実は頭いい系男子ですか?」

「当然だろう。今まで推理小説をどれだけ読み込んできたと思ってるんだ」

「なるほど、ただ自意識過剰なだけですね」


 花恋は甘栗色の髪を靡かせて、呆れたように声のトーンを落とした。

 ばっかお前、全国の読書家は等しく自意識高い系に決まってるだろ。ソースは僕、小説の主人公に憧れて、学内で孤高を気取ってるのがいい証拠です。それと、孤高なのは単に友達作りが下手だからです。孤高と孤独を履き違えてる系男子です。


「ごほん……ま、まぁそれは置いておくとして、本当にこんなことで苦手を克服できるのか?」

「さて、どうでしょう?」


 顔を覗き込むように首を傾げ、花恋は面白そうに口角を上げた。


「どうでしょうって……正直、イラストなんてラノベの表紙と挿絵で見るくらいだから、僕にアドバイスなんて出来っこないぞ」

「鼻から助言なんて求めてませんよ。そもそもわたし、技術面で困ってるわけではないですから」

「そういえば、そんなことも言ってたような……」


 僕は昨日の記憶を辿り、花恋が『男女の関係を表現するのが苦手』と話していたのを思い出す。


「僕にはわからないんだけど、技術面が十分なら問題ないんじゃないのか?」

「それが問題なんですよ。技術はあるのに、イラストに熱が篭ってないんです。兎にも角にも、説明するより見せちゃったほうが早いですよね」


 花恋は曲線を描いたブレザーの胸ポケットからスマホを取り出し、Pixiv(イラスト投稿サイト)のページを開くと、画面を僕に突き出してくる。

 投稿された幾つかのイラストを見ると、流行的なキャラが緻密な線画、色塗りで表現されていて、技術の高さを窺わせるものだった。


 ……なんだこれ、普通に上手いじゃないか。

 それと同時に、素人の僕でも花恋が言わんとすることが理解できた。

 いや、素人だからこそ、それを強く感じてしまったのだろう。

 ――

 敢えて言葉にするのであれば、絵は上手なのに、キャラクターが生きてる感じがしないといったところだろう。特に男女の仲を描いてるものに限って言えば、こんなにつまらなさそうな二人がカップルなわけないだろうと突っ込みたくなるレベルだ。


 しかし……このイラスト、どこか既視感があるような……?

 記憶を探ってみるも、それらしい回答は見当たらず、僕は話を進めた。


「なんだか、君って勿体ない女だな」

「先輩先輩、ムカついたので一発殴ってもいいですか?♪」

「いや、だってほら、実際事実だし」


 あざとく頬を膨らませた花恋は、「まぁそうですけど」とぼやいた。


「わたしが苦手を克服するための先輩ですしね」

「人を道具みたいに言うな、これでも先輩なんだぞ」

「そうですね、年下の後輩に脅され言いなりになる哀れな先輩ですね」

「おい、泣きながら教室帰るぞ」

「冗談が冗談です」

「つまり本心なわけね」


 やばい、本当に泣きそう。

 孤高を気取ってるからと言って、鋼のような精神を持ち合わせているわけではないのだ。ぼっちのお豆腐メンタルを舐めないで欲しい。


「ま、一緒に昼飯食べるだけで苦手を解消できるなら儲け物だけどな」

「いえいえ? ただ一緒に食べるだけじゃだめですよ?」

「……? どういうこと?」


 今度は僕が首を傾げると、花恋は愉快そうな笑みを浮かべて答えた。



「喜んでください、わたしのお弁当をあ〜んして食べさせてあげますっ!♡」

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